『ガウディアフタヌーン』:ジュディ・デイヴィス

舞台はスペインのバルセロナ。ここに暮らしているアメリカ人女性カサンドラの、月並みの言葉で言えば[自分探し]のハートフル・コメディ。ではあるけれど監督が『マドンナのスーザンを探して』や『シー・デビル』のスーザン・シーデルマンで、ジュディ・デイヴィス、マーシャ・ゲイ・ハーデン、リリ・テイラー、ジュリエット・ルイスといったクセ者系の女優が競演しているとくればフツーの自分探しなわけがない。期待が入り交じった勝手な予想は的中。ヒネリがきいた、素敵な素敵なコメディなのだ。

18歳の時にミシガンの家を出たカサンドラ(ジュディ・デイヴィス)は世界中を転々と暮らし、今はでラテン・アメリカ文学の翻訳をしながらバルセロナで生活をしている、いわば年季の入ったボヘミアン。そんな彼女のところに「失踪した夫を探して欲しい」という妙にセクシーなアメリカ人女性フランキー(マーシャ・ゲイ・ハーデン)が訪ねてきた。気乗りのする仕事ではなかったが、報酬の高さに惹かれたカサンドラはお小遣い稼ぎになるくらいの軽い気持で引き受けたのであった。ところがある日、トイレで立ったまま用を足すフランキーを見てしまったカサンドラ!? 驚くまいことか。なんとフランキーは性転換手術をした男だったのだ。ん? ということは、失踪したという夫は一体? 混乱するいとまもあらばこそ。ボーイッシュな女だとばかり思っていたベン(リリ・テイラー)こそが問題の夫だと発覚。実はベンはレズビアンで服装倒錯者にして性倒錯者!? そしてなんとベンはフランキーとの間に生まれた娘デライラ、ボヘミアン女性エイプリル(ジュリエット・ルイス)と同居している。さらにベンとエイプリルはもっか恋人同士だという!? ちなみにベンとフランキーは大学時代に結婚したが、フランキーが性転換手術をしたことが原因で離婚したのだという。女とばかりお持っていたフランキーが実は男で、男だと思っていたベンが実は女だったのだ!?

こうした混乱の中で、世界中を転々としていたカサンドラは自分を見つけるのだが、なにせ前述したとおりに監督がスーザン・シーデルマンである。単に自分を見つけるのではなくセクシャリティが絡む。つまり人は男だとか女だとかを越えて、自分らしい、そして気持のいい生き方っていうのを求めてもいいのではないか? ということだ。

映画は大きなテーマを軸に、バルセロナの街を象徴するガウディの建築物サグラダ・ファミリアやカサ・バトリョ等を効果的にドラマに取り込んで個性的な女たちを生き生きと描く。加えて女優たちの顔触れも凄い。それぞれが一人主役をやる女優が4人、それもいずれ劣らぬ個性派ばかり。可笑しいけれど心に響くドラマをビシバシ演じる。今年前半ではいちばん面白いコメディである。



【ここがポイント】
この映画は先に書いたように主役が4人いる。4人はそろって自分らしい生き方をしているので、4人全員を取り上げたいところだが、彼女たちは今後もユニークな活躍をするに違いないのでその時にゆずるとして、物語のきっかけとなってジュディ・デイヴィスのカサンドラ・ライリーの生き方を見てみたい。

カサンドラは18歳でミシガン州の実家を飛びだしたという設定になっているところから察するに、60年代の終盤から70年代のはじめにかけてムーブメントを起した若者文化であるアメリカのヒッピーの最後の世代だと思う。伝統的な価値観に背を向けて心のおもむくままに放浪しながら、ずっと自分を見つめてきたのだろう。物理的な意味で肉体がその場所に止まっているわけではないが、その風貌には漂っているような雰囲気はなく、むしろそういった長年にすでにおよぶ生き方や暮らしぶりからくる自身からか、根性のすわった面構えをしている。

そんなカサンドラが遭遇したセクシャリティを越えた男女関係が今回のポイントである。言い方を換えれば、場所のボーダレスを実践してきた彼女が、セクシャリティのボーダレスを目の当たりにすることによって得る自分の生き方となる。さてその結果カサンドラはどんな今後を選択するのか。ジュリエット・ルイス演じるレズビアンのエイプリルに「チュッ」とキスされるのだが……。カサンドラがどこに着地するかは見てのお楽しみとして、彼女にヒッピー世代の高齢化を感じずにはいられない。その部分にシーデルマン監督はあくまで温かな思いを寄せている。



【カサンドラ×ジュディ・デイヴィス】
1955年4月23日にオーストラリアのパースで生まれたジュディ・デイヴィスは、ハリウッド育ちの女優とはひと味もふた味も違った雰囲気をもっている。たとえばあのジュリア・ロバーツの模造宝石の輝きをハリウッド女優の典型だとすれば、ジュディ・デイヴィスはおよそほど遠い。17歳で家を出て日本や台湾で歌手活動をしていたそうだから、どちらかといえば『ガウディアフタヌーン』のカサンドラと共通する。そう、肉体はどこの場所にあっても、地に足が着いた個を強く意識させる女優である。オーストラリア映画『青春の輝き』(79)で豪・英のアカデミー賞主演女優賞を受賞し、『インドへの道』(84)ではアメリカのアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたあたりから本格的にアメリカ映画に進出したのだが、いわゆる「ハリウッドの水に染まる」ことはない。これこそがジュディ・デイヴィスの個性といえそうだ。ウディ・アレンの『アリス』(90)に『夫たち、妻たち』(92)。コーエン兄弟の『バートン・フィンク』(90)。デヴィッド・クローネンバーグの『裸のランチ』(91)。そして今回のスーザン・シーデルマン。こういった有名でいて個性的でもある監督作品に出演していることからも、女優ジュディ・デイヴィスのポジショニングの一端が伺える。派手ではないけれど確かな存在感のある女優なのである。

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『ガウディアフタヌーン』
2002年6月22日より新宿テアトルタイムズスクエアにてロードショー公開

監督:スーザン・シーデルマン/出演:ジュディ・デイヴィス、マーシャ・ゲイ・ハーデン、リリ・テイラー、ジュリエット・ルイスほか/2000年アメリカ・スペイン映画/配給:東芝デジタルフロンティア株式会社/原題:Gaudi Afternoon


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