[マレーナ] 監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ/原作:ルチアーノ・ヴィンセンツォーニ/撮影監督:ラホス・コルタイ/音楽:/エンニオ・モリコーネ/出演:モニカ・ベルッチ、ジュゼッペ・スルファーロ/上映時間:92分/配給:日活、ギャガ・フューマックス共同配給/2000年イタリア・アメリカ :『マレーナ』オフィシャルサイト 12歳の半ズボンの少年レナートと、美しいが故に悲劇的な運命たどる成熟した女性マレーナとの“はじめての、そして一生を決めた恋”第二次世界大戦下のシチリア島が舞台。マレーナは村中の男達からの熱い視線、そして女達からの嫉妬の視線にいつも晒されている。レナートもその中のひとりであったが、想いは他の男達とは違っていた。彼女の家の隙間越しにしか見えない、少年以外の誰も知らない真実の彼女の姿がそうさせるのだ。慌ただしく変化する戦局、やがて敗戦、夫の戦死。時代に翻弄され転落していくマレーナ、そのさまを見守ることしかできない少年レナート。村人の前から悪評だけを残し、消えてしまった彼女の運命は…。 「ニュー・シネマ・パラダイス」「海の上のピアニスト」のジュゼッペ・トルナトーレ監督/音楽:エンニオ・モリコーネの最新作。本年度アカデミー賞オリジナル作曲賞ノミネート作品。モリコーネといえば“美しいメロディ”の代名詞。このメロディ以外に、マレーナの美しさを引き立て、切ない永遠の愛を奏でるものは他には考えられないであろう。1943年の大ヒット作 アリダ・ヴァリの“MA L'AMORE NO”が物語の象徴的なエピソードに一役かっている。 音楽とともに注目して頂きたいのは衣装である。当時の衣装の再現ではなく、マレーナの官能的魅力からのインスピレーションにより、当時の本物の布地だけを使用することを試みた。結果として、彼女の魅力的な肉体はもちろんのこと、時代背景、少年の心をも映し出す。なおかつ彼女の転落していくさまが、残酷なほど効果的に映し出されている。 どんな男にも“ただひとりの女”は存在しているのか。そしてどんな女も“ただひとりの女”になっているのか。それはそれぞれの胸に秘められ、そして気付かぬままなのだろう…。この美しい恋の物語のように…。
6/4(月)パークハイアット東京 39F ヴェネシアンルームにおいて、6/9から公開の『マレーナ』主演女優、“モニカ・ベルッチ”の来日記者会見が行われました。『ドーベルマン』以来の2度目の来日。拍手とフラッシュの歓迎の中、優雅な足取りでの登場です。 “モニカ・ベルッチ”は「ありがとう」と日本語で挨拶。『マレーナ』は世界中で大成功を収めた作品です。皆様もぜひご覧下さい。(英語にて)という挨拶から、会見は始まりました。 そして「アメリカン・ショート・ショート・フィルム」実行委員長の別所哲也さんが登場し、花束贈呈。「非常に素晴らしい作品です。トルナトーレの大ファンでもありますが、この映画を観てモニカさんの大ファンになりました。」と別所哲也さんからのコメント。 「ありがとうございます。私の映画が日本でも公開されること嬉しく思っています。二回目の来日ですが、親切で暖かい人たちばかりですし、和食も気に入っています。」そして別所さんは、拍手のなか退場ーーー。 質問タイムのスタートです。まず最初の質問はーーー。 Q:トルナトーレ監督からの熱烈なオファーがあっての出演だそうですが、監督からどのような指示があったか、そして女優として成長した点があれば教えて下さい。 A:監督からの演技指導は適格でした。細かい正確に頭に描いてからの指示する方でした。 Q:マレーナの(女性としての)生き方についてどう思われますか? A:この役を演じるのはとても難しいことでした。あの1940年代のイタリアでは、女性はまだアイデンティティを持っていなくて、むしろ男性達に自分のアイデンティティを作ってもらっていた時代でした。当時の女性像を演じるのはとても難しかったです。 Q:92年の『ドラキュラ』からこの『マレーナ』まで映画出演はわずか4本ですが、出演するにあたって基準はあるのでしょうか。 A:『ドラキュラ』はモデルから初めて映画に出演した作品です。その後『アパートメント』『ドーベルマン』『マレーナ』と出演してきましたが、「ニュージェネレーションの若い監督のよい作品に出たい」というのが出演基準ですね。特に、フランスやイタリアなど国際的に活躍している監督の作品に出演したいです。 Q:アメリカで“ソフィア・ローレンの再来”と言われていることは、どう思いますか。 A:ソフィア・ローレンは大好きな女優です。私が優になろうと思ったのも、彼女のような大女優の影響だと思います。そしてかつての大女優が演じたあの時代のイタリアの女性を演じてみたい。 Q:今後組んでみたい監督や俳優は? A:あまりにも素晴らしい人がたくさんいます。具体的な名前を言うと、制限をつけることになるのでここでは控えさせて頂きます。 Q:『マレーナ』という女性に共感できないという意見もあったりしますが、この役をどのように捉えましたか? A:一見、受身的に見えますが、1940年代のイタリア女性の闘う姿を現しています。彼女にとっての勝利とは、自分が尊厳を失った場所に敢えて夫とともに戻るということでした。 監督は女性蔑視の映画を作ったのではなく、むしろ過去の女性の姿を描くことで時代を批判するフェミニスト的な作品を作ったのです。1940年代の女性は、選挙権も中絶する権利もなく、男性なしでは存在することも許されなかったのです。 Q:この映画の中でマレーナはほとんど言葉を発しませんが、演技で気をつけた点は? A:こんなにセリフ少ないマレーナをどうやって魅力的な女性に作りあげるか悩みました。監督と私の間で秘密の台本を作り、独り言的な内面を表せるようにしました。その魅力を眼差しで表現することに…。トルナトーレ監督の演出で私は粘土の置物のように自分を変えていきました。 Q:日本料理がお好きだとのことですが、それ以外に日本で気に入ったものは? A:イタリアとまったく異なる文化なので、とても刺激的です。今回は京都へ行けるのが嬉しいです。日本の方はオープンで明るく温かい国民だと思います。もう少し長く滞在したいのですが…。日本の映画も観ていますよ。 Q:日本の映画をご覧になったということですが、タイトルを教えてください。 A:北野武監督の作品と、日本で長い間上映禁止だった『愛のコリーダ』が好きです。 Q:思春期の少年がマレーナをのぞきみたりするなどの描写があったり、大人の女性に興味を抱くという内容ですが、ご自分の美貌や自分の体の捉え方はどうでしたか。 A:答えがズレたかもしれませんが、今回はトルナトーレ監督が少年のときの目を通しての作品です。やはり監督自身も、少年の頃に年上の美しい女性を追いかけ、大人になってから告白したという彼個人の体験も含まれています。私はファッション・モデルをしていたこともあるので、肉体を強調することには慣れていますが、写真を撮影されることと映画で演技をすることは異なります。静と動というかんじ。マレーナは、肉体自体が演技となる役柄でした。リンチの場面などを演じるにしても、女優としての自分は恥ずかしさや抵抗は感じませんでした。少年役の子供が心配してくれたほどの激しい場面でした。 Q:来日延期の理由は?(4月来日の予定でした。) A:個人的な理由からです。2年間働きずくめだったし、夫(ヴァンサン・カッセル)ともすれ違いだったので、バカンスを取るためにキャンセルしました。 そして最後の質問です。 Q:ラスト・シーンでの、元気なく歩くマレーナは何か意図するものがあったのですか? A:ラストで歩き方が代わったのは、監督の指示です。セリフが少ないので、肉体で役柄を表現しなければならない。最初は力強い女性を表現するため、当時のシチリアの女性の習慣に従って目を伏せつつも力強く歩いていますが、辛い体験をし、精神的にダメージを受けたことを表現するために、あのラストの歩き方になりました。 以上で会見は終了。そして美しい立ち姿の撮影が終わりモニカ・ベルッチは会場をあとにしました。またもや優雅に立ち去っていくさまを皆うっとり眺めていたのでした。 ■今回のインタビューは、男性の方からの質問が殺到でした。みんな彼女への想いをぶつけてから質問に入っていたので、質問数は少なかったように思いました。(けっこう皆さん舞い上がっていた様子)とはいったものの、私も『アパートメント』を観て以来、彼女の美しさに悩殺されていたので、撮影のとき、彼女をうっとりと見つめていた為にデジカメがうまく操作できず焦りました。女の私でさえもこんな調子だったので、男性方はそれ以上の思い入れがあったことでしょう。また映画館に足を運んでしまいそうな予感…。 以上、記者会見レポートでした。 TEXT:kyoko Copyright (c) 2001 UNZIP |