[ヴィクトール 小さな恋人] 監督・脚本:サンドリーヌ・ヴェッセ/製作:アンベール・バルザン/キャスト:ジェレミー・シェイ/リディア・アンドレイ/マチュー・ラネほか/配給:オンリーハーツ/1998年/フランス/88分 7/28(土)より俳優座トーキーナイトにてロードショー :『ヴィクトール 小さな恋人』オフィシャルサイト 感受性の強い男の子ヴィクトール(ジェレミー・シェイ)。そんな彼はある出来事を目撃してしまい、両親から逃亡。ヴィクト−ルのうたかたの日々の入り口は、現実世界に忽然と出没するフィクションの世界、夜の町に輝く移動遊園地。帰る場所を失ったヴィクト−ルを見つけたのはそこで働く青年ミック(マチュー・ラネ)。ミックは、思いをよせている美しくも孤独な女性トリシュ(リディア・アンドレイ)のアパルトマンにヴィクト−ルを連れていき、この3人は出会う。 ここに始まる半覚半醒のような展開を一貫して取り巻く舞台背景は、フランスの地方都市の持つ陰と、終始画面から伝わる冬の厳しさ。このモノトーンなバックは、イメージをトーンダウンさせてしまうというより、ヴィクト−ルのみる夢や空想のシーンや。カラフルな夜の遊園地のひととき。そして3人の出会いそのものの幻想さ、明るさにスポットライト効果を与えるためのバックグラウンドとしての有効性を持つ。その反面、物語りは至って単純で日常的。(家出少年を自分が思いをよせる娼婦のアパートに連れていくだろうか?という疑問もあるけれど、あり得なくも無いように思えてくる。)そのぶん主人公のもつ複雑な心を象徴するモチーフや映像、舞台設定は極めて繊細に映しだされている。 やがてカーニバルが終わり、ミックの遊園地も移動の準備が…。ヴィクトールは、大好きなトリシュとの奇妙な暮らしを続けることができるのか。またトリシュは、ヴィクトールとの「夢の家族」を現実にすることができるのだろうか…。 天真爛漫なハッピーエンドとはいかないけれど、このタイプの映画にありがちな、みていられないような物悲しさやシビアな後味はあまりなく、雪の遊園地で、りんご飴(フランス語で[愛のりんご]なんて素敵なよばれかたをする)を剣に、互いのハートを狙いあってじゃれあい、三銃士を気取る無邪気な3人がこのまま幸福でいられますようにと願わずにはいられない、優しい気持ちを残してくれる。 それにしてもヴィクト−ル役のジェレミ−はすごい子供だ。“・・・愛しているわ。あなたのトリシュより”で終わる置き手紙をみつけてにっこりする可愛いらしい仕種をするかと思えば、少年と言うより完全に大人の顔になる瞬間に、はっとさせられる。 こうやって人は大人になっていくんだという縮図をみせられているようだ。 ところで、少年(少女)と大人の恋の映画というと、フランス人女流監督、という印象を持ってしまうのだけれど、果たしてこれは恋愛先進国(大国?)のフランスに生きる女性が追求する究極の愛の形なのだろうか? Text : kodama yu 10歳のヴィクトールはある晩、家を飛び出した。行くあてのない彼がたどり着いたのは、移動遊園地。ヴィクトールはそこで働くミックという青年に連れられて、彼の女友達トリシュの家で一緒に暮らすようになる。 二人は徐々に心を開き、抱えていた心の傷がお互い開放されていくのだった。 この物語りは、とても悲しく切ないけれども、ヴィクトールの前向きで純真な心が生きるエネルギーを与え、感動的だ。今時の社会では感じられない純真な心に出会った気がする。 一人っ子の私は、ヴィクトールのような弟が欲しいと思ってしまうのである。 text:kaori kusumi 感受性が強い少年、孤独な大人の女性。そしてナイーブな青年が織りなす不思議な関係を、幻想的な映像で映し出している。夜の町に輝く移動遊園地の灯りと、ヴィクトールが着ている赤いコートが印象的。 泣いているトリシュをなぐさめるヴィクトール。その時のヴィクトールは、男の子ではなく大人の男を感じさせる。きっとトリシュでなくてもなにやらグラっとくるだろう。ひとことでは言い表せない存在だけれどお互いに必要な人。似た匂いを発している者同士って、自然にひかれあうものだし、何か通じあうところがあるってことを感じた。 text:kyoko
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