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カチャッカチャッってなツルハシ(ハンマー?)と鎖の奏でるリズムが開幕を告げる。「ミューズよ、放浪者の物語を語りたまえ!」と献辞。古き懐かしきタイトルクレジットの中には「原作『オデュッセイア』」ってのもあったりする。銃を持つ騎馬警官に監視されつつ、鎖につながれた囚人達が道路の舗装作業を行っている。労働歌というのか黒人霊歌というのか、「オーブラザー……」と朗々と歌う声が響く。おそらく1937年頃のアメリカ南部、ミシシッピー州の風景だ。と、少し離れた綿花畑の中に、囚人服を着て鎖でつながれた三人の男がいる。脱走だ。森の農家の鶏を盗み食いし、犬に吠えられて逃げて行くトリオ……。脱走の首謀者格のユリシーズ・エヴェレット・マックギル(ジョージ・クルーニー)は、何故か「エヴェレット」とミドルネームで呼ばれる口の達者な伊達男だ。文句の多いピート(ジョン・タトウーロ)は、従兄弟ウォルシュの家をひとまず目指そうとしているらしい。もう一人はお人好しでちとトロいデルマー(ティム・ブレイク・ネルソン)。大草原をゆっくり走る貨車に一人飛び乗り損ね、鎖でつながっているので皆落ちてしまう。三人がモメてるところに、手漕ぎ卜ロッコが通りがかった。運転する老いた黒人は、どうやら盲目らしい。その彼が突然、乗せてやった三人の運命を予言する------「お前達は宝を求め、長い道のりをゆくだろう……綿花小屋の屋根に乳牛を見るだろう……人生の救いに辿り着くまでの長い旅の末、宝は見つかるだろう、しかしそれはお前達の求める宝ではない……」云々。呆気にとられ、思わず黙り込む三人。実は彼らはまさに「宝」=かつてエヴェレットが強盗して隠したという現金120万ドルを探す旅へ出たところだったのだ。その隠し場所がダム建設で川底に沈むというので、脱走したのだけど……何で知ってる? いやちょっとおかしい人の戯言かも……。
予言に一抹の不安を感じつつ、彼らの遍歴が始まった。銀行屋に土地を奪われかけてるウォルシュの家で手錠を外し、警官隊の追っ手から辛くも脱出。森の中の川辺では、歌声に満ちたバプテスト派の集団浸礼式でズブ濡れになったり、十字路で悪魔に魂を売ってギターの名手になったという黒人青年トミー(クリス・トーマス・キング)を拾って、地元のラジオ局に押しかけたり。ここでは盲目の白人ラジオ局員を口八丁で騙し、「ズブ濡れボーイズ」と名乗って売り込んで、人数も誤魔化して多めにギャラをもらった四人はご満悦。ところでラジオ局前ですれ違ったのは、政見放送に来た州知事パピー・オダニエル(チャールズ・ダーニング)一行。懐メロ番組「パピー印の小麦粉クッキー・アワー」のスポンサーでもあるパピーは再選を目指しているが、改革派の候補ホーマー・ストークス(ウェイン・デュヴァル)の追い上げに苦しんでいるようだ。さて、 四人が野宿してると執念深い警官隊に取り囲まれ、トミーはいち早く消える。三人も車(とエヴェレット愛用のポマード)を諦め、なんとか逃げ切って、歩いて旅を続ける。「また、ふりだしだ……あと3日でお宝が湖に沈むのに……」。ヒッチハイクしてたら陽気な小太りの男ジョージ・ネルソン(マイケル・バダルーコ)が車に乗せてくれる。が、後部座席にはドル札の山。追っかけてくる警察とカーチェイスの真っ最中だったのだ。ヒラヒラとお札をバラまきながら、豪快にドイツ製機関銃をぶっ放して警察車を撃退。そのまま伝説の銀行強盗“ベビーフェイス”ネルソンのお仕事をちょっとお手伝いし、悩み多き彼と別れた三人は、パイを盗んだり囚人を乗せたトラックをヒッチハイクしかけたり……。盗んだ車で快調に行くかと思いきや、川で洗濯する三人の美女に誘惑されて、なんとピートはカエルにされてしまう……? はたまた片目の大男の聖書セールスマン(ジョン・グッドマン)に「金儲けの方法」を体で教えられたり、もうムチャクチャ。あの一発録音したズブ濡れボーイズのレコードが大ヒットしてたり、エヴェレットの娘達や元妻(ホリー・ハンター)が登場したり、映画を観たり刑務所に忍び込んだり大規模なKKKの集会に出くわしたり変装して歌ったり……と盛りだくさんの遍歴はまだ続き、ついにあの予言者の言葉が、大量のポマード缶の乱舞を経て、意外な形で成就することに……!? ゴキゲンな映画である。コーエン兄弟独特の「妙に密度のあるダラダラ感」が、今回はのんびりした30年代アメリカ南部の大らかさにジャストフィットして、実にいい感じに仕上がっている。スクリューボールな展開のロードムービーとも、南部名物のトールテール(ホラ話)の組み合わせとも、アメリカン・ルーツ・ミュージック尽くしの音楽映画とも言えそうな、何とも楽しいお話なのだ。ひとまずは何にも考えずにウヒャウヒャすべし。 とにかくは「脱走した囚人3人組(+1名)の珍道中」って体裁のコメディなんだけど、知的でおバカな仕掛けは相変わらずたっぷりある。まず、ホメロス作と伝えられる長編叙事詩『オデュッセイア』が原作だと言いつつ、それをズラしまくりなのが可笑しい。ホメロスは「盲目」の意味って説からか、映画には盲人が2名も出てくるとかね。もともと『オデュッセイア』は、10年に及んだトロイア戦争(こっちは『イリアス』で語られる)勝利後、凱旋帰国し損なってさらに10年もアチコチの島を漂流してしまうオデュッセウス(英語読みで「ユリシーズ」)の冒険譚にして、故国イタケーで彼の妻ペネロペイアと共に留守を守る一人息子テレマコスの活躍を描く長編詩なんだけど、本作のユリシーズには息子もいないし(代わりに娘が大量発生してる)妻は「元」妻だったりしちゃうし、ペネロペイアに大勢の求婚者がいるってのは一人にコンパクト化してる。求婚者達との対決で乞食の老人に化けてるってのは小ネタで挟まってるけどね。また元ネタではキュクロプス(隻眼巨人)から機知で逃れたけど、ジョン・グッドマン演じる片目の大男にはいいようにやられちゃうとか。歌声で誘惑する2人の魔女セイレン(警報=サイレンの語源。怪鳥説が主流だが『オデュッセイア』には姿形の描写無し。妖女セイレーンとか『デビルマン』のシレーヌとかの元ネタだ)は3人の洗濯女になってるし、オデュッセウス一行をもてなして豚に変える魔女キルケーのネタも混じってたりする。さて。何度も難破するオデュッセウスの水難は、キュクロプスの父である海神ポセイドンのせい。いや10年のうち7年も女神カリュプソーの洞窟に神隠しされるのは(カリュプソは「隠す」と言う意味らしい)、自分に捧げられた牛を食われて怒った太陽神ヘリオスのせいなんだけど、広大なアメリカ南部の陸地の上で「ズブ濡れ」な水難に遭うって仕掛けもシャレが効いてていい(ちなみにプレス資料だと「ゼウスの正妃ヘラがトロイアびいきだったからオデュッセウスを妨害した」とか書いてたけど、これは間違い。トロイアの王子パリスが、ヘラでもアテネでもなくアフロディテを「最も美人の女神」に選んだのがトロイア戦争の発端であり、アフロディテが褒美に「最も美人の人間」としてギリシャ側の人妻ヘレネを誘拐させたから戦争になったワケで、ヘラとアテネはギリシャ側である)。あ、迷信深いデルマーが「牛を撃つな!」と叫ぶのも「屋根の上の乳牛」って予言もヘリオス絡みのネタだな。この調子で人喰い巨人族ライストリュゴネスはどれ?とか、ふりだしに戻す風神アイオロスは?とか当てはめごっこするのも面白いかもね。でも銀行強盗ネイサンが「イタビーナはこの先?」と三人組に最初に訊くのだけど、実在する地名なのかユリシーズの故郷「イタケー」のパロディなのかよくわからん。というか、実はネイサンこそが本当のユリシーズって裏設定があるのかな……なんて深読みのし過ぎもマズイかなぁ。トリビアルな引っかけにハマると痛い目に遭うのもコーエン兄弟の映画にはよくあることだしね。 これはいろんな映画の引用とおぼしき多数のネタについても言える。例えばタイトル『O BROTHER, WHERE ART THOU?(thou art=you areの古語・詩語、なので「嗚呼兄弟よ汝は何処に?」みたいな感じか)』はプレストン・スタージェス監督『サリヴァンの旅』(42)の劇中で、旅する映画監督が構想中の社会派映画の題名から採られてるらしいんだけど、スタージェス監督(史上初の脚本兼任監督にしてスクリューボール・コメディの名手)なんて、ネイティヴのアメリカ人でもよっぽど映画好きじゃないと知らないかもしれん。日本では94年に特集上映されるまでスタージェスの正式公開作は2本のみだったとか。こういう元ネタを知ってる人だけクスクス笑うというイヤミな情景が劇場の一部で繰り広げられるのもコーエン兄弟の映画ならでは(笑)。他にもジョン・フォードの『周遊する蒸気船』(34)や『怒りの葡萄』(41)や『太陽は光り輝く』(53)、ロジャー・コーマンの『殺し屋ネルソン』(67)とかフランク・キャプラの『スミス都へ行く』(39)などなど、大量の古典名作を彷彿させるらしいので、マニアな人は原典にも当たってみよう。そうした古い映画の良さを教えてくれる映画とも言えるかな。 YMアッパーズ連載の黒田硫黄『映画に毛が三本』の恒例「本作の教訓」では、『オー・ブラザー!』は「芸は身を助く。」になってるけど(笑)、この映画は他にも「バカやっても人生はやり直せるさ」とか「仲間っていいよね」とか「いい人ぶってる革新派の方が実は過激な保守反動かも」とか「やっぱりヨリを戻すのはいいことだ」とか、「牛を撃つな」とか、「神頼みはしてみるもの」とか「終わりよければ全てよし」とか「いいなあ、愛の力だなあ」(by釜爺)とか、コテコテな古き良き娯楽映画的な結論を大盤振る舞いしているのだった。もちろん、そういう「人生の本当の宝とは?」みたいなテーマを敢えて読みとって、ノスタルジックにニンマリするのもオッケー。でも、そういうのをきっちり計算ずくで巧みに描いてみせるコーエン兄弟監督の、底意地の悪い「クレバーさ」ってのを感じながらメタ「感動」作として観てみるのもアリだろう。主人公が改心したとかってモラル面での向上は一切描かれないワケだしね。ま、噛めば噛むほど味が出るってタイプの映画と言えそうだ。 主人公エヴェレットを演じるのはコーエン兄弟作品初出演のジョージ・クルーニー(TV『ER/緊急救命室』、『アウト・オブ・サイト』『スリー・キングス』『パーフェクト・ストーム』など。この冬日本公開の『スパイキッズ』にもチラっと出てるゾ)。本作では寝る時は必ずヘアネットをするとか「マジにマズイ」を連発するとか「ポマードはフォップ(めかし男)じゃなくてダッパーダン(伊達男)じゃなきゃダメだ」とか、こだわりの屁理屈男をマヌケに好演。相棒のピートを演じるのは『ミラーズ・クロッシング』『バートン・フィンク』『ビッグ・リボウスキ』とコーエン兄弟映画の常連ジョン・タトゥーロ(最新主演作『愛のエチュード』公開中)。同じく相棒デルマー役は『愛・アマチュア』『フェイク』などで脇役をやってて、タトゥーロ同様映画監督でもあるティム・ブレイク・ネルソン。さらに『赤ちゃん泥棒』『バートン・フィンク』『ビッグ・リボウスキ』でもコーエン兄弟と組んだジョン・グッドマン(最近作は『コヨーテ・アグリー』『ジュエルに気をつけろ』とか)も怪演してくれている。また『赤ちゃん泥棒』で不妊症の女性警官役だったホリー・ハンター(実はコーエン兄弟デビュー作『ブラッド・シンプル』にも声の出演をしてるとか。代表作は『ピアノ・レッスン』。最近作『彼女を見ればわかること』はまだ公開中かな)が、本作では多産のお母さんとして登場してるのも面白い。 Text : 梶浦秀麿 古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」を下敷きにした、音楽がちりばめられたハッピーでおバカな作品。舞台は1930年代のディープ・サウス。アメリカ南部だけあって、ガンボのようにブルース、カントリー、ゴスペル、ジャズという音楽が映画の中でも混ざりあっている。確かに1930年代南部での音楽事情は、音楽ジャンルに境目のないそのようなものであったらしい。 この作品では、あらゆる所に音楽がちりばめられており、しかもそのちりばめられ方がとても自然で、いたるところで心地よく音楽を聴くことが出来る。音楽と生活が密接に関係していた風景を描いた作品だからこそ、音楽とストーリーが自然に絡み合わせることができるのだろう。 音楽監督はT・ボーン・バーネット。コーエン兄弟の前作『ビック・リボウスキ』でも彼が選曲にかかわっている。また、コーエン兄弟も『オー・ブラザー』脚本の段階から、いくつかの音楽を考えていたようだ。前作『ビック・リボウスキ』でもCCRやキャプテン・ビーフハートなどが脚本の段階で決まっていたという。 サントラCDはアメリカで100万枚以上、フランスでもかなりの売り上げをあげているという。これは映画の力がかなり大きいと思う。『オー・ブラザー』のサントラを家で聴くと、その良さを感じることが出来るかどうかあやしいだろう。それでもサントラの売り上げが好調なのは、映像と音楽とがこれほど気持ちよく合っている映画もめずらしいからだと思う。しかしそうは思いつつもサントラを買ってしまいそうで恐い…。 Text : niimura [UNZIP] テレビドラマ「ER/緊急救命室」のハンサムな小児科医役で世界中の女性のハートを鷲掴みにしたジョージー・クルーニー。人気が出た後もアニメ「サウスパーク」に声優として出演したりと、幅広い活躍をしている彼が、またやってくれた。コーエン兄弟が描く現代のオデュッセウス、片時も愛用のポマード“ダッパー・ダン”を離さない伊達男のエヴェレット役である。この理屈っぽくてお喋りで、いつも髪型ばかり気にしている(寝る時はヘア・ネット着用が基本だし、寝起きの一言はいつも“my hair!”だ)ちょっと滑稽な主人公をとても魅力的に演じた彼は、本作品でゴールデン・グローブ賞最優秀男優賞を受賞している。 ジョージ・クルーニーと言えば、「ER」での役柄とかぶるような私生活でのプレイボーイぶりが話題になる事が多く、映画となると、何に出ていたっけ…とすぐに思い浮かばなかったりしていたが、今後「オー・ブラザー!」は間違いなくジョージ・クルーニーの代表作の一つとなるだろう。 忘れられないのは、“ズブ濡れボーイズ”(劇中でジョージ・クルーニーがメイン・ボーカルを務めるバンド)のヒット曲、“I Am a Man of Constant Sorrow”を歌う時の彼の表情。実際に歌って(録音して)いるのは別人なのだが、(だからといって、本人が音痴という訳ではないらしい)あまりにも真剣すぎて笑えてしまう。 他の俳優陣もすばらしく面白可笑しく、全く飽きることなく笑い続けてあっという間に時間が経ってしまう。おもちゃ箱に大切にしまっておいて、時々取り出して遊びたい、そんな宝物のような映画だ。 Text : nakamura [UNZIP] この映画を一言でいうならば、コーエン兄弟ならではの映画といえるだろう。いたるところに、細かい細工がしてあり、ウィットな笑いを誘う。そして、その笑いをひき起こす要因として豪華なキャスト人があげられる。特に、いつもは二枚目俳優のジョージ・クルーニーが三枚目、四枚目の役を演じている。『ER/ 救急救命室』の彼とは、また違う役柄で彼の魅力をさらに引き立てている。また、映画の中で“ポマード”にこだわる彼の行動にもプッと思わず笑ってしまう。しかし、いい味を出しているのは、彼だけではない。少ししか登場しない人物までもがなにかしら、やらかしているところが“見逃してはならない”という視聴者の心理をスクリーンに釘付けさせ、飽きさせないのだろう。これが、コーエン兄弟の映像マジックと言えるのではないだろうか。 この映画のもう一つの魅力は、サウンドトラックといえる。ジャズ、ブルース、カントリー、ポップミュージックが混合した、1930年代ならではのサウンドをとりいれている。映画も終わりにさし迫ると、『You Are My Sunshine』などといった曲を合唱する場面があるが、聞いているだけで、テンションは最高潮に達する。音と映像がマッチした映画であると言えるだろう。 コーエン兄弟の作品を観たことない人も彼らのファンになってしまう映画。そして、笑えて、笑えて、元気になる映画です。 Text : imafuku [UNZIP] なんというか骨太な映画。“スタイルを持つ”って、こういう事だよなーと思う一方、誰がどういうシチュエーションで観にいくのかもよくわからないという感じも。もちろん、「ファーゴ」の大ブレイクで映画ツウでなくてもコーエン兄弟の作品であれば観に行くという感じかも知れませんが。 いずれにせよ『一貫したテーマはアメリカという大地と原風景』とあるのでその辺を押さえておけば、あとは間抜けな3人組が世界最古にして最高の叙事詩をどう駆け抜けるか楽しむだけ。かつてのディープ・サウスの「切っても切ってもアメリカ」という感じと、カントリー・ミュージックのオンパレードが新鮮です。笑いの要素がふんだんに盛り込まれているので、下敷きになっている古代ギリシャの「オデュッセイア」を知らなくても充分イケるので安心して観に行って下さい。 主演のジョージ・クルーニーはゴールデン・グローブ最優秀主演男優賞を受賞。汚くてダサくて情けないのにしっかりと伊達男という役が楽しそう。ボケでこれほど笑わしてくれるとは思いもよりませんでした。カッコいい2枚目の時よりもいいぞ!と声援を送りたくなりました。 Text : ogura karuvi Copyright (c) 2001 UNZIP |