[ヴィドック] VIDOCQ
2002年1月12日より渋谷東急ほか全国松竹東急系にて公開

監督・脚色:ピトフ/脚本:ジャン=クリストフ・グランジェ/キャラクターデザイン:マルク・キャロ/出演:ジェラール・ドパルデュー、ギヨーム・カネ、イネス・サストレ、アンドレ・デュソリエ、ムサ・マースクリ他(2001年/フランス/1時間38分/配給:アスミック・エース)

→ピトフ監督、来日記者会見レポート
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1830年、パリ。汗くさい職人達が暗がりで働くガラス工房の奥で、熾烈な格闘が展開される。片方は髭面の紳士、もう片方は黒いマントに身を包み、顔には琥珀色に輝く鏡面をつけた謎めいた人物だ。と、紳士の方が炎の窯穴に落ち、かろうじてその縁にすがる。とどめを刺そうとする鏡面の男に「死ぬ前に素顔を見せてくれ」と懇願し、その面の下を見て灼熱の炎の中へ落ちてゆく……。七月革命前夜の混乱で騒然とするパリの街角で、「ヴィドック死す」という号外が配られる。ヴィドック(ジェラール・ドパルデュー)は、もと大泥棒にして脱獄囚だが、やがて王室政府の警視となり、今や世界初の私立探偵事務所を開いて活躍していた。その彼が死んだというのだ。彼の相棒ニミエ(ムサ・マースクリ)は報せを聞いて愕然とする。と、そこへヴィドックの伝記を執筆していたという若い男、エチエンヌ(ギヨーム・カネ)が訪れた。ヴィドックの許しを得ていたという彼に、ニミエは憮然としながらも、ヴィドックの追っていた最後の事件について語り始める。それは警察から依頼された「連続人体発火事件」の捜査だった。その捜査の途中でヴィドックは単独行動を取りはじめ、独りで殺されたのだ。どうも女が絡んでいるらしい。エチエンヌは踊り子プレア(イネス・サストレ)に辿り着き、さらにヴィドックの最後の足跡を辿って娼婦街や新聞社、阿片窟を訪ねてゆく。事件の裏には錬金術師(アルシミスト)の怪しげな秘法が絡んでいるようだとわかってくる。だがエチエンヌの行く先々で、彼に証言した者達が次々と殺されてゆく。警視総監ロートレンヌ(アンドレ・デュソリエ)も部下トゼ(ジャン=ピエール・ゴズ)にヴィドックの死の真相を捜査させていた。トゼが調べてきた「鏡面の錬金術師の顔に映った自らの顔を見たら死んでしまう」という街の噂を嘲笑いつつも、やがてエチエンヌと同様にミステリアスな事件の真相へと近づいてゆく。はたして犯人は誰なのか? ついに革命が勃発する中、物語は衝撃のクライマックスへと突入する!

最先端の映像技術と独自の映像美学で描かれた「リアルに汚らしいパリ」(笑)を舞台に、世界初の私立探偵の活躍を描くエンターティンメント・ミステリー映画である。ちょっと『ホームズ最後の事件』とかを思い出させる嬉し懐かしってな展開で、叙述ミステリの味わいとか、パルプ・フィクションめいたB級猟奇趣味とかを織り交ぜつつ、凝りまくったディテール描写で愉しませてくれる。『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』(85)の主人公をオヤジにして、ちょっとヒネたダークなアート感覚を持ち込み、不気味要素を「ロンドンの古代エジプト秘術」から「パリの黒魔術的錬金術」に置き換えた感じって言えばいいんだろうか。いやムリに比較する必要もないんだけど、なんだか本格や新本格といった現代ミステリに慣れちゃうと、こういう古風な道具立てや、本来の黎明期探偵小説にあった怪しげな恐怖小説の要素(今ではホラーに分化してしまったところがある)が、妙にくすぐったいので(つまり微妙なチグハグ感を醸し出す部分がある)、なんか参照物を置きたくなるのだった。お子様にはわかりにくいかもなあって感じの微かに淫靡でもある「娯楽探偵西洋時代劇」とでも紹介しておくべきかな。

ヴィドックというのはフランスでは誰もが知っている実在の人物。でも本人が有名っていうより、彼が“自分で”書いた痛快な自伝が独り歩きして、娯楽読み物に登場するようになり(ユーゴーの『レ・ミゼラブル』のモデルになったり、バルザック作品のヴォートランになったり)、20世紀でも3度映画化されTVシリーズにもなっているっていう、いわゆる伝説的な大衆ヒーローらしい。日本で言えば水戸黄門? 大岡越前? 遠山の金さんとか怪傑黒頭巾とか鞍馬天狗みたいなもの、なのかな(笑)。あまたの探偵推理小説の起源のひとつとなったことで文学史的にも知られているようだ。笠井潔『群衆の悪魔/デュパン第四の事件』や藤本ひとみ『聖アントニウスの殺人』『聖ヨゼフ脱獄の夜』にまで登場しているので、知る人ゾ知るってヒトみたい。思い入れがないとモジャモジャな髭面の小太りのオヤジとして出てくる本作だけ見ると、ちょっとポカンとしてしまうかもね。

ちなみに本作は、岩井俊二『リリィ・シュシュのすべて』や中原俊『コンセント』、また『スターウォーズ/エピソード2』に用いられているデジタルハイビジョン24pで全編を撮影した世界初の映画らしい。映像の加工具合のフワフワした(シャープだけど人工的な)感触がちょい面白い。『ロスト・チルドレン』『エイリアン4』『ジャンヌ・ダルク』で特撮を担当してきたピトフ(あだ名を監督名にしてるそうだ)の映画監督デビュー作。なので映像的な凝り方に注目する観方もアリだろう。キャラクターのイメージ・デザインを『デリカテッセン』『ロスト・チルドレン』でジャン=ピエール・ジュネと組んでいたマルク・キャロがやっているってのも小ネタとしては重要か。主役はフランス映画界の重鎮ジェラール・ドパルデュー(『1900年』『終電車』『溝の中の月』『カミーユ・クローデル』『シラノ・ド・ベルジュラック』『グリーン・カード』『仮面の男』『宮廷料理人ヴァテール』などなど)。にわか探偵となる作家エチエンヌを『愛する者よ、列車に乗れ』『ザ・ビーチ』のギヨーム・カネ。プレア役はランコムのモデルとして有名なイネス・サストレ(『エル・ドラド』『サブリナ』『愛のめぐりあい』など)。警視総監ロートレンヌ役で『愛を弾く女』『恋するシャンソン』『クリクリのいた夏』などのアンドレ・デュソリエが出演している。あ、本作は2001年9月にフランスで公開され、3週間で200万人を動員。これも『アメリ』同様、フランスの国民的映画として愛されたようである。

余談。つい『アメリ』のお洒落な1997年のパリや『ムーラン・ルージュ』のキンキラな1899年のパリと比べてしまうんだけど、この『ヴィドック』の小汚く怪しげな大都会パリ=1830年の描写もまた独自の魅力を持っている。ピトフは初監督作で欲張ったのか、いろんな要素を詰め込み過ぎてるところもある(観客をミスリードする演出はちょいアンフェアだし)んだけど、ディテールに淫しながらも明解な娯楽作に仕上げているのは評価されるべきだろう。個人的にはリュック・ベッソン以来の、ヤン・クーネンやジュネなども含んだ“バンド・デシネ(フレンス漫画)派映像作家”って括りたい気分だけど、2作目以降を観てみないとわかんない何かを持っていそうでもある。それだけ捉えどころのない魅力を『ヴィドック』が持ってるってことなのか、はたして。なんにせよ要注目の作家である。

Text : 梶浦秀麿


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