[キリング・ミー・ソフトリー] Killing Me Softly
2002年2月23日より日比谷スカラ座ほか全国東宝洋画系にて公開

監督:陳 凱歌(チェン・カイコー)/製作総指揮:アイヴァン・ライトマン/原作:ニッキ・フレンチ『優しく殺して』(角川文庫)/出演:ヘザー・グラハム、ジョセフ・ファインズ、ナターシャ・マケルホーン、イアン・ハートほか(2001年/アメリカ/1時間41分/配給:アミューズ・ピクチャーズ/宣伝:トライアル)

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雪山の情景に重なる男女の睦み合うイメージ。女の首を締める布。「山はとても危険。酸素が切れると脳が死ぬわ----身体も動かなくなる……」----そして、不意に雪崩に巻き込まれ滑落する登山隊員達……。刑事(イアン・ハート)が口を挟む。「……最初から話してくれるとありがたいな」「いいわ。はじめから話すわ」----そして物語が始まる。アリス(へザー・グラハム) はアメリカ・インディアナ州育ち。渡英してロンドンに住み始めて1年半目のことだ。IT関連の会社に勤め、エンジニアの恋人ジェイク(ジェイソン・ヒューズ)とつき合って1年、同棲生活も順調という彼女は、ある朝、出勤途中の交差点で出会ったミステリアスな男に強烈に惹きつけられてしまう。オフィスでも気もそぞろ、向かいの書店に入った彼を目で追い、ミーティングにも気が入らず、「美容院に行く」と適当に言い訳して会社を出てしまう。書店を覗いた彼女は彼と目が合い、彼に誘われるままタクシーに。ノース・ロンドンで降り、男の家でほとんど言葉も交わさず激しく求め合うことになる二人。憑かれたような情事の後、「明日も来て」と言われるアリス。「仕事があるわ」「今夜」「だめよ」「どうするかは君が決めろ」と短い会話を交わしてその男と別れるのだった。「自分でも信じられなかった。元の生活に戻ろうとした」------戻ってジェイクと愛し合うのだが、最早何かが壊れてしまっていた。翌日、出勤前に書店に寄ったアリスは、ショーウィンドウに彼の顔写真を見つける。彼は有名な登山家アダム・タリス(ジョセフ・ファインズ)であり、雪山登山中の事故で6人を救助した英雄として、彼について書いた本が陳列されていたのだ。思わず再びアダムの家に向かい、激しい想いと狂おしい欲情をぶつけるアリス。そこで彼は、その2年前の滑落事故で、当時恋人だったフランソワーズ(ルシラ・アルヴズ)を救えなかったことを告白する。いまだ消えない事故の悪夢が、彼にミステリアスな翳りを落としていたのだ。アリスは真実の愛を感じる。ジェイクに別れ話を切り出し、鞄ひとつでアダムの家へ。だがそこは女がいた。一瞬どん底の気分を味わうアリスだったが、実は彼女はアダムの姉のデボラ(ナターシャ・マケルホーン)で、アダムの家は別にあるという。姉も一緒にいたという雪山事故の件で、一人責任を感じている弟を心配し、その一途な性格を語るデボラは、アリスが気に入った様子で、彼の住所を教えてくれるのだった。すぐにアダムの本当の家に駆けつけるのだが、まだ帰宅していず、雪の中でひたすら待つハメに。身体の芯まで冷え切った頃にやっと戻ってきた彼は、すぐにアリスを固く抱きしめるのだった……。幸せに彼のベッドで目覚めたアリスは、女性の来客にまたもドキっ。ガーディアン紙の記者ジョアンナ(ヤスミン・バナーマン)が彼の取材に来たのだと聞いてホッとする。時折かかってくる無言電話や鍵のかかったクローゼットは少し気になるが、有名人だしプライバシーはあると深く考えるのをやめ、運命の愛に有頂天のアリスは仕事でもニコニコしっぱなしだ。ロッククライミングを習い、アダムの仲間達に紹介されて上機嫌の日々。元彼のジェイクを知る女友達のシルヴィー(エイミー・ロビンズ)に「セックス惚け」と皮肉られても気にしない。と、新調した紫のパンティを入れたバッグを泥棒に引ったくられるアリス。彼女と落ち合うつもりで近くにいたアダムは猛然と犯人を追いかけ、捕まえて半殺しの目に遭わせる。「君を傷つけられたかもと……二度と離れない、信じるか? 結婚しよう。結婚してくれ、すぐに」----翌日、二人はアダムの田舎、山間にある教会で結婚式を挙げ、裏手の景色のいい墓地でヌード写真を撮り、かなり離れた山小屋まで儀式めいたトレッキングをすることになる。「強くなる訓練だ」とアリスを置いて先に行くアダム。必死で歩き続け、やっと真夜中の渓流の向こうに明かりが見える。その小屋で彼に祝福され、二人の愛の行為はさらに激しさを増す。「自由を放棄したわ」と虜になった心情を語るアリス。ストールで首を絞められ、彼に生死さえ委ねた情交は、彼女に新たな官能の世界をもたらすのだった……。だが、不穏な気配が忍び寄っていた。まず戻った彼らは「アダムは聖人か?」というジョアンナの記事を読むことになる。さらにアダムを非難する差出人不明の手紙が何度も届く。元彼のジェイクの仕業か? しかしジョアンナから「彼にレイプされた」と投書があったと聞き、クローゼットからかつて不倫していた人妻の手紙や、失踪した女性の写真まで見つけてしまい、アリスは彼の過去について何も知らないことに気づく。一途過ぎる彼の愛の激しさは、嫉妬や監視めいた様相を帯びて、彼女を縛り始めてもいた。アリスは独りで真実を知ろうと奔走し始める。英雄的行為を讃えられた雪山の事故の真相さえ怪しまれてくる。この彼への不信は妄想なのか? 彼を信じるか否かで愛を試されるアリスは、徐々に忍び寄る身の危険を感じながら、意外な真実へと辿り着くのだった……。

前半は「こんな恋愛してみたい!」ってくらいに情熱的で官能的なラブ・ストーリー、後半はスリリングなミステリとして展開するエロティック・ラブ・サスペンス。で、隠し味は愛のイデオロギーの虚をつく究極の選択ってトコか。一目惚れした男と本能的に愛し合い、そのまま電撃結婚。幸せいっぱいの理想の愛を育む……と思いきや、ふと夫の過去が気になってしまう。で、こっそり調べるうちに「ひょっとして彼は愛する女を殺す趣味のヒトかも?」なんて思えてくるという展開。愛しているのに信じられないって二律背反、というか相手のネガティヴな過去を知ったら絶対醒めるってことなのか、あるいは愛しているなら「優しく殺され」てもイイってのがSMにも通じる究極の愛なのか、はてさて? ってな事をかすかな苦味として考えさせつつも、映画自体は重くはならない娯楽サスペンス路線で手際よくまとめてるのだった。ま、ヒッチコックとか火サスとかでもありそうな話なんだけど、とにかくHなのがよろしい(笑)。

本作は『さらば、わが愛/覇王別姫』『花の影』『始皇帝暗殺』などを撮った中国映画界の巨匠、チェン・カイコー(陳凱歌)監督のハリウッド進出作。初の英語作品ということだが、中国映画の香りは微塵もないような仕上がりにちょっとビックリ。「無難な」とも批評されているけど、イギリスを舞台にした映像の美しさを始め、なかなか風格もある立派な出来だと思う。なによりヘザー・グラハムの体当たりの濡れ場の数々が強烈で、コレをこそ一番撮りたかったのかも知れない(笑)。童顔とも清楚なとも言えるルックスのヘザー・グラハムが、思うさまセックスに明け暮れるってのが、彼女のファンには何よりの見どころかも。TV『ツイン・ピークス』のアニー役あたりから気にしてたけど、『ブギーナイツ』でAV女優のローラーガール役を大胆に演じてブレイク、『オースティン・パワーズ:デラックス』に『ギリーに首ったけ』(ビデオ)と来て、最近は『フロム・ヘル』でジョニー・デップの相手役もやってる(でも娼婦役)。主演作『ノンストップ・ガール』も春公開予定だ。いつの間にやら売れっ子じゃんって感じ。その彼女を虜にするミステリアスな山男を演じるのは、英国の演技派ジョセフ・ファインズ(『恋におちたシェイクスピア』『エリザベス』『スターリングラード』など)だ。彼の姉役には『トゥルーマン・ショー』のナターシャ・マケルホーン、刑事役に『ことの終わり』のイアン・ハートなどなど、英国の演技派俳優の共演も見どころ。原作はジョーン・フレンチとニッキ・ゲラードというジャーナリスト夫婦がニッキ・フレンチというペンネームで書いた英国のベストセラー小説『優しく殺して』(角川文庫)。原作ではヒロインのアリスは英国女性の設定だが、映画版ではロンドンに来たプレーリー(平原)育ちのアメリカ人に変更、またアダムの姉などは映画オリジナルなキャラクターらしい。 映画の結末も原作からさらにヒネった犯人像が登場し、さらに意外な結末が用意されている。

余談。最近TVでDV(ドメスティック・ヴァイオレンス=恋人・配偶者の暴力)を「愛」と錯覚してるような女の子をいじるトーク番組を観てて「マジかよ(TV的な作り話だよなぁ)」って笑ってたんだけど、そういや週刊BCスピリッツの連載漫画に「強い男が好き」とかいう、殴られて顔面アザだらけの女性キャラが出てくる玉井雪雄『オメガトライブ』ってのもあった。ひょっとしてそういうマゾっ気のある女の子、というか野性的な男からの愛を痛みで確かめるタイプって、実は意外と多いのか?? この映画にもソフトSMな「愛を確かめ合う行為」があるんだけど、武闘派男性の幻想&当人達の同意の上での快楽追求「ごっこ」だと思ってる僕は、ホントの愛を知らないのかもしれんなあ……。ううむ。で、そういうSM派(?)の人達からすると、映画後半でのアリスのふるまいは、「愛がない」と批判されるべきことなのかも知れない……なんて、ふと考えてしまうのだけど、これは危険な考察なのか、はたして?

Text:梶浦秀麿

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