[シッピング・ニュース] THE SHIPPING NEWS
2002年3月23日より丸の内プラゼール、新宿ピカデリー、渋谷松竹セントラルほか全国松竹系にて公開

監督:ラッセ・ハルストレム/原作:E・アニー・プルー『港湾ニュース』(集英社文庫)/出演:ケヴィン・スペイシー、ジュリアン・ムーア、ジュディ・デンチ、ケイト・ブランシェット、ピート・ポスルスウェイト、スコット・グレン、リス・エヴァンス、ジェイスン・ベア、ゴードン・ピンセント、アリッサ&ケイトリン&ローレン・ゲイナーほか(2001年/アメリカ/カラー/1時間52分/配給:アスミック・エース、松竹)

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吹雪の中、素手で縄を結ったりしている人影のイメージ。それは故郷の島の先祖の姿か、父か、それとも自分の姿なのか……イメージは父親に放り込まれた水辺の記憶に変わる。「泳げ、早く!」と溺れているのに助けてくれない父に「生まれる家を間違った」と思った幼い日の記憶が、ベッドの中で蘇る。クオイル(ケヴィン・スペイシー)はその時から内向的でぼんやりした性格となり、切符切りや皿洗いの仕事を経て、今はニューヨーク州北部の街、ポーキプシー新聞社の印刷機の前で人生を無為に過ごしていた。夜勤明けのある雨の朝、彼は奔放で魅力的な女性ペタル(ケイト・ブランシェット)と出逢う。初めて愛した彼女に振り回されるまま結婚。やがて娘を得るのだが、毎晩安酒場で男をくどいては連れ込むようなペタルは育児もせず、でもクオイルには文句を言う度胸もない。綺麗なママに憧れながら、嫌われることに怯えて育った娘のバニー(アリッサ&ケイトリン&ローレン・ゲイナー)が6歳になった頃、クオイルの両親が老いを苦にして死ぬ。だがペタルは「遺産もないの」と悪態をつくだけ。ついには愚鈍な夫を捨て、バニーを連れて若い男と駆け落ちする。焦るクオイルが警察の手配をしていると、突然、父の妹だという叔母アグニス(ジュディ・デンチ)が訪ねてきた。戸惑うクオイルの元に州警察から「娘さん“は”無事です」と連絡が入る。妻は交通事故で川に落ちて男と共に即死。しかも遺品の中から、闇の養子縁組組織に娘を6000ドルで売ったという領収書まで出てきたのだった。幼いバニーはそのことを知らず、クオイルは「ママは天使と一緒に眠っている」としか言えない。見かねたアグニスは、クオイル家の故郷への旅に二人を誘うのだった。

広大な海を渡り、カナダの極東の島、ニューファンドランド島へと辿り着いた三人は、5月だというのに雪の残る島の道路を走り、一族の名のついたクオイル岬の崖っぷちに建つ、荒れ果てた家に住むことになる。44年も空き家だった“緑の家”は、四方をワイヤーでガッチリと留められて、厳しい自然と対峙していた。クオイルは小さな漁村にある地元新聞社で職を得る。そこには威張り屋で意地の悪い編集長タート・カード(ピート・ポスルスウェイト)、生活欄からゴシップ、詩まで担当する記者ビリー(ゴードン・ピンセント)、ブラジル出身の流れ者のイギリス人で、ラジオから海外ニュースを拾っているらしいナットビーム(リス・エヴァンス)、そして漁に出てばかりでほとんど会社にいない社長ジャック・バギット(スコット・グレン)がいた。海の苦手なクオイルに港湾ニュースを任せるという社長は「クオイルは海の民だ」と決めつける。新聞社にいたといってもインク係だった彼に、まず与えられたのは交通事故の取材。島では溺死者の次に多いという交通事故(原因はヘラジカの追突!)の死体に、妻の幻影を見て吐いたり、必死で書いた長大な原稿を没にされたり、いつも派手な「見出し」文句を考える癖がつくような、不慣れな日々が続く。島には不思議なことが多かった。クオイルの先祖達がゲイズ(見つめ)島から、あの“緑の家”を50人がかりでひっぱってきたとか、他にも「呪われた一族だ」といういわれがいくつかあった。家の修理に来てくれる社長の息子デニス(ジェイスン・ベア)も、「バギット家の男は代々みな海で水死する」呪いがかかっていると、漁の免許を父から取り上げられていた。アグニスはガイの遺灰を何故かトイレの砂にしてしまうし、娘は老人と犬の幽霊を見たり、「退屈な子」と言って人形を破壊する遊びにとりつかれるようになる。娘の通う託児所の先生である未亡人ウェイヴィ(ジュリアン・ムーア)には、知恵遅れの息子ヘリーがいるが、彼女にも何か島独特の秘密があるようだ。ある日、港に停泊していた船の老夫婦が「ヒットラーのヨットだった」と自慢するのを聞いたクオイルは、社長命令に反してその話をコラムにし、意外な評判を得て徐々に自信を深めてゆく。時折、妻ペタルの幻や、水に溺れるイメージ、そして一族の暗い歴史が脳裏をよぎる。また父とアグニスの哀しい過去を知り、島に住む者それぞれの人生が、彼の心に響き始める。それは彼の閉じた心の殻が、ゆっくりと融けてゆくことを物語っていた……。

世評の高い『サイダーハウス・ルール』、『ショコラ』のラッセ・ハルストレム監督(デビュー作は『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』でブレイク作は『ギルバート・グレイプ』)の新作は、ピュリッツァー賞と全米図書賞をダブル受賞した世界的ベストセラー小説、E・アニー・プルー『シッピング・ニュース(港湾ニュース)』の映画化だ。その主な舞台となるのは北米唯一のバイキング遺跡があるというニューファンドランド島。厳しい自然の中での島の歴史を背景に、一人の不器用な男が自らのルーツを知り、そして鬱屈した現状から目覚めて未来を見始めるまでを、「名匠」の名にふさわしい風格、クラシカル・モダンな落ち着いた作風でじっくりじんわりと描いていくものである。個人的には(原作者自らが脚本化した『サイダーハウス・ルール』にも感じた)かすかなダイジェスト感を感じたものの、名優揃いの画面の贅沢さにひとまず満足してしまった。なにせ主演は『ユージュアル・サスペクツ』『アメリカン・ビューティー』『ペイ・フォワード』などのオスカー俳優ケヴィン・スペイシー(本作でゴールデン・グローブ賞 主演男優賞ノミネート)で、さらにちょっと怖い悪女を熱演したのは『エリザベス』『耳に残るは君の歌声』などのケイト・ブランシェット(本作でナショナル・ボード・オブ・レビュー助演女優賞受賞。『ロード・オブ・ザ・リング』も控える)だ。また『ショコラ』でも大活躍したジュディ・デンチをはじめ、『マグノリア』『ハンニバル』のジュリアン・ムーア、『ノッティングヒルの恋人』『ヒューマンネイチュア』のリス・エヴァンス、『ブラス!』『マイ・スウィート・シェフィールド』のピート・ポスルスウェイトなどなど、脇役陣もゴージャス過ぎるくらい。しかもしかも、主人公の娘のバニーちゃん役は3人1役、アリッサ&ケイトリン&ローレン・ゲイナーの三つ子ちゃんが演じているとか。『キャスト・アウェイ』でも同じスタイルで出演したというから将来が楽しみな感じ。とにかく達者な演技派だらけで、しかもうるさくない物語への馴染み方がまた渋くていいのであった。

実際のところ、映画化不可能って言われた文学作品らしいので、観客を愉しませるのは結構大変なのだ(『サイダーハウス・ルール』も難しい題材だったと思う)。それを立派に映像化してみせるラッセ・ハルストレム監督の手腕を味わうことが、原作のファンにはまず見どころと言えそうだ(巨漢で大食漢って原作の主人公とは少しイメージが違うとかキャラが減って設定が変化しているとか、比較する楽しみがある)。だいたい2時間程度にした原作つき映画って、どうしてもガチャガチャしちゃうし、無茶な展開だったりするものである。例えばクィディッチの練習風景もなしにいきなり試合で大活躍する『ハリー・ポッター』とか、有色人種がお飾り程度に脇役で映る『ハリー・ポッター』(これは原作の欠陥だな)とか、ダイジェストな映画化の弊害って案外あるもの(『ハリー・ポッター』はそう悪い映画化でもないのだけど、これほど客が入るのは……ある種のマス・ヒステリーなのか?)。原作の魅力を損なわずに、さらに映画ならでは魅力をつけ加えるってのは、実はなかなか困難なのだ。本作では演技派の役者陣と現地ロケという2大要素で、その困難をなんとか乗り越えていたと思う。随所に挟まれる主人公の幻想イメージも巧い。ま、島の風俗のユーモラスなのか「迷信深い」「野蛮だ」と顔をしかめたらいいのかが微妙なエピソード群が、感動をちょい逸らしてしまう感もあるが、「ボロ泣きの感動押しつけ型」になりがちな題材を、絶妙に抑制の効いた人生ドラマへと着地させて「じんわり」とさせてくれるので、まあよしとすべきかな。ちょっと神話めいた不思議感覚=「世界の再魔術化」とでも言えそうな反モダニズム志向は、前作『ショコラ』をしっかり継ぐもの(というか全監督作に共通するもの?)で、「反骨精神」とも評されるハルストレム監督の持ち味として、その独特の感触を味わうだけでも映画館に足を運ぶ価値はあるだろう。

Text:梶浦秀麿

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