[トゥーランドット] The Turandot Project
2002年3月30日よりシネセゾン渋谷にて公開、以降全国順次公開

監督:アラン・ミラー/指揮:ズービン・メータ/オペラ演出:チャン・イーモウ/出演:ズービン・メータ、チャン・イーモウ、ジョヴァンナ・カゾッラ、セルゲイ・ラーリン、バルバラ・フリットーリ、マイケル・エッカー他(2000年/アメリカ・ドイツ/1時間25分/配給:東京テアトル、メディア・ボックス)

「プッチーニのオペラ『トゥーランドット』を、その舞台である中国の芸術家が演出する」----ザ・トゥーランドット・プロジェクトは、ズービン・メータのこのシンプルな思いつきから始まった。インド出身のメータはフィレンツェ歌劇場の主席指揮者で、映画『紅夢』を観てチャン・イーモウに演出を依頼する。チャン・イーモウは欧米のオペラの演出は初めて。だが「中国人は素晴らしいということを世界に示したい」と快諾し、まず1997年5月にフィレンツェ五月音楽祭で上演。観客は京劇を元にした衣裳や小道具で彩られた豪華絢爛な舞台に熱狂する。この成功に自信を得た製作総指揮のマイケル・エッカーは、ズービン・メータに同作の「北京・紫禁城公演」を持ちかける。メータはその実現のため中国へ。中国政府との交渉は数ヶ月にも及び、中国に批判的な映画を撮っていたチャン・イーモウに演出させることに当初は難色を示したが、なんとかクリア。だが困難はまだ山積みだった。時代考証を厳密にしたいチャン・イーモウは、本物の明代の衣装や小道具を再現することにこだわり、4ヶ月がかりで手作りの衣装900着が作られることになる。また広大な紫禁城の舞台を埋めるために、中国軍から300人もの兵士を借りて舞台に立てるよう特訓もする。裏方にも大勢の中国側スタッフが参加し、ある者は国威掲揚を訴え、または東西文化の交流を讃える。時には照明監督のグイド・レヴィと大喧嘩しながら、納得のいく演出に最後まで拘泥するチャン・イーモウ。広大な野外での公演に音響を整えるのも大変で、一流のオペラ歌手もナーバスになり文句を出す。ヨーロッパ側スタッフもカルチャーショックをごまかしつつプライドを誇示する場面もある。続出するトラブルや対立を越え、いよいよ1998年9月、オペラ史上稀にみる試みである『トゥーランドット』北京・紫禁城公演が初日を迎える……。

中国を代表する映画監督、『活きる』『紅いコーリャン』『あの子を探して』『初恋のきた道』のチャン・イーモウが演出を手がけたオペラ『トゥーランドット』フィレンツェ&北京・紫禁城公演のメイキング映画である。これがなかなか興味深いアート・ドキュメンタリー映画に仕上がっていて、普段オペラなんて観たいとも思わないのに、つい現物を観たくなってしまった。かつてフィリップ・グラス+ロバート・ウィルソンの現代音楽劇『海辺のアインシュタイン』のメイキング映像(マーク・オーベンハウス監督)がカルトな人気を博したことがあった(美術系学生で観てないヤツはカス扱いされてたっけ)けど、あれが前衛オペラ(アート・パフォーマンス)の金字塔をビビッドに捉えたメイキング映像だったのに対し、こちらは古き伝統を誇るイタリア・ロマン派オペラの最後の傑作を、現代中国の社会派映画監督が演出するという、まさに異文化交流イヴェントといってよい事態を捉えたもの。その舞台裏の克明な記録は(もしかしたら中国政府への若干の遠慮はあるのかもしれないけど)なかなかスリリングである。特に、舞台にかり出された中国軍の若者達が、上官の厳しい目を盗んで華やかな女たちにチラッと目を奪われるシーンとかが印象深い。後日談でもあればもっといいのにとも思ったり(例えば兵士とオペラスタッフの恋とか、ありそうなんだけど……)。

オペラ『トゥーランドット』の舞台自体は、名場面をフィレンツェ版と北京版を比較したり、それぞれ3交替で出演した歌手達をかわるがわる映したりって趣向で、筋を知らなくてもまあ楽しめる。詳しくわかりたい人は音楽之友社から出てる<オペラ対訳ライブラリー5>プッチーニ『トゥーランドット』(1300+T)を読むとか、ウェブ上なら最上英明氏の論文「トゥーランドット物語の変遷」「トゥーランドット物語の起源」を参考にするとよいかも。この話の原型での舞台は、ギリシャだったりロシアだったりするんだけど、16世紀以降中国に落ち着いたらしい。けど、どう考えても元の時代だと思うのに、オペラではなんでか明代になっている(紫禁城は明代1420年建造だからか)。まあ架空の話だからね。なのにチャン・イーモウが明代の時代考証にこだわったりするのもよく考えると変な感じがするのだった。あと余談だけど、美しく冷酷な王女トゥーランドットって、オペラだと大柄なデブ女になっちゃうのね……ってのには、ちょっと幻滅した。ちなみにチャン・イーモウの94年の映画『活きる』も3/23よりBunkamuraル・シネマで公開される。こちらも要チェックである。

Text:梶浦秀麿

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