[穴] THE HOLE
2002年5月下旬 恵比寿ガーデンシネマにて公開

(C)PATHE FUND LIMITED2001

監督:ニック・ハム/原作:ガイ・バート『穴』(アーティストハウス刊)/出演:ソーラ・バーチ、デズモンド・ハリントン、ダニエル・ブロックルバンク、ローレンス・フォックス、キーラ・ナイトレイ、エンベス・ダビッツ他
(2001年/イギリス/1時間42分/配給:コムストック)

∵公式サイト

原作:「icon」ガイ・バート著 アーティストハウス/角川書店 ¥1,000-
※boople.comにて購入できます。
アヴァンタイトルはライトに丸く照らされる闇------揺れる明かりにハアハアと声が重なり、森の木立もゆらゆらと揺れる。一人の少女がよたよたと歩いていた。傷だらけの足、靴下もボロボロだ。森を抜けると「行方不明者の生徒4人」を探す貼り紙がたくさんある。建物が見えて走り込む憔悴した少女。寄宿学校の校舎らしいが誰もいないようだ。人気のない廊下に入って、公衆電話の受話器を外し、そのまま悲鳴を上げて倒れ込むのだった------受話器からは「はい、警察です」という声が響く……。彼女はイギリスの名門パブリック・スクール、プレイボーン学園の女生徒リズ(ソーラ・バーチ)。18日前から行方不明になっていた4人の生徒のうちの一人だった。警察とマスコミは騒然とする。3万ドルの授業料で良家の子女を預かるこの学園、そして失踪者の一人はロックスターの息子だったことから、マスコミは興味本位に好奇の目を向けるのだった。彼女に、そして3人のクラスメイトにいったい何が起こったのか? 犯罪精神科の女医フィリパ(エンベス・ダビッツ)は、精神的ダメージを受けたリズから事情を聞く役目を与えられ、カウンセリングを始める。リズはフィリッパのビデオカメラに向かい、事件の顛末を語り始める……「美人で痩せた子だけが世界の中心、それ以外は闇の中……」。

米国人でロックスターの息子、マイク・スティール(デズモンド・ハリントン)に片思いしているリズは、男達に囲まれる華やかな女達とは違って、一人でいることの多い内気な少女だった。コンピュータ・ナーズ系のマーティン(ダニエル・ブロックルバンク)だけが彼女に話しかける男の子だ。マイクが独り身になったと聞いて、リズは我流で黒髪を金髪に染めてみるがうまくいかず、美女三人部屋のフランキー(キーラ・ナイトレイ)に助けを求める。でもせっかく金髪でマイクの横を通っても無視されるだけ。すぐに元に戻してしまう。フランキーにはジェフ(ローレンス・フォックス)という恋人がいて、そのジェフはマイクの友人。男どもは何とか週末の課外授業をパスしたいと思っていた。リズの恋心を察したマーティンは、自慢の才能で学校のコンピュータをハッキングし、学校には親元に帰ったことにし、親には課外授業でウエールズへ地理研究旅行に出ていることに、とデータを改ざんしてやる。さらに学校の裏山にある第二次世界大戦時の防空壕への鍵を拝借してきたマーティンは、そこで4人が週末を過ごすことを提案するのだった。誰にもバレずにバカ騒ぎができると、無邪気にはしゃぐジェフとフランキー。マイクも、リズと一緒っていうのが最初はお気に召さない様子だが、探検気分の3日間の「穴」生活=地下壕暮らしを楽しむことにする。ところが見つからないよう鍵を閉め直し、3日後に迎えに来るはずだったマーティンが現れない。閉じこめられたまま、4人の精神はだんだん追いつめられていく。しかもマーティンにこっそり監視されているらしいと気づいて……。リズの語るストーリーは、機転を効かせてマイクと恋仲になって助かる……という結末だった。フィリパは、まだ精神的に不安定な彼女が立ち直れるようにマスコミから遠ざけ、容疑者として逮捕されたマーティンの様子を聞く。マーティンは刑事に対し否認し続けていた。ハッカー特有の「絶対捕まらない」という自意識なのか、それとも……。「学園では性悪女かアバズレだけが世界の中心……」と、彼の語り始める事件の顛末は、リズとはまた違ったものだった。フィリパは何かがおかしいと思い始める。「穴」の中で起こった本当のこととは何なのか? やがて事件は意外な方向へと急展開する!


寄宿学校の高校生男女4人の、密室状態でのサバイバル・サスペンス。生き残りの少女が語るのは、どのくらいが真実でどのくらい願望が入っているのか? 「ドンデン返し命」って新傾向のサイコ・ミステリ隆盛って流れの中ではちょい地味な感じもあるけど、なっかなかシビアに突っ走るイマドキの若者の心理劇として必見か。よく「恋の病」って言うように、「愛」がサイコな病気でもあることは、昨今多発する痴情絡みの犯罪報道でもよくわかるはず(金銭絡みの殺人事件として処理されることも多いけど)なのに、つい忘れがちなんだけど、この映画にあるひとつの「愛の成就」ってのもまた、不気味ではあるが純粋なラヴ・ファンタジーな世界なんだよなぁ。恋に悩むティーンエイジャーはぜひ劇場に急ごう(笑)。

個人的には、とにかく傑作『アメリカン・ビューティー』『ゴーストワールド』でソーラ・バーチにヤラれたので、なにより彼女の姿を見るため(だけ)に試写に走ったのだった。で、最初の方の、地味でブリーチ失敗して女友達にクスンって泣きつく彼女----ってアテ書きのようなキャスティングに「ピッタリだ」って思いつつ、後半で「あれあれ、これは?……」というか「ビツクリしました」というか、イメージを逆手に取った変貌もまた巧すぎる演技で、アイタタタって感じ。独特の持ち味を持つソーラ・バーチならではの役ではないか! というわけでひとまず満足。欲を言えばもうちっと暴走して欲しかったって気持ちはあるんだけどね。僕はこういうの観るとつい『藪の中』パターンだあ!といって喜んじゃうんだけど、この映画の核の部分って、昔、サガワ君事件を元ネタにした『愛のかたち』だったかその逆パターンの映画だったかで観たような愛の観念を、どうも越え切ってないようなのがちと辛いところかなぁ。男のミーハーな趣味も、『ゴーストワールド』でブシェーミを選んだバーチらしくないかも(笑)。プレスなどだと『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』+『スクリーム』+『シャロウ・グレイブ』+『バトルロワイヤル』みたいな売りだけど、そこまでは期待せずに観ると、適度に怖くていい。寄宿学校の少女の心理劇ということでは『翼をください』(4/27公開)と見比べて欲しいかな。

原作は、発表当時オックスフォード大学在学中だったガイ・バートのデビュー小説。4つの文体で書かれたミステリー仕立ての青春残酷小説は英国でセンセーションを巻き起こしたとか。監督は、長編デビュー作『マーサ・ミーツ・ボーイズ』(98)でも3視点で恋愛コメディを展開させたニック・ハムだ。バーチ以外のキャストも書いとこう。ロックスターの息子マイク役は『ジャンヌ・ダルク』に出てたデズモンド・ハリントン。その親友ジェフを俳優ジェームズ・フォックスの息子で王立演劇アカデミー在学中のローレンス・フォックス(『Gosford Park』に出演)。マーティン役は『恋におちたシュイクスピア』の劇中劇で女装のジュリエットを演じてたダニエル・ブロックルバンク。フランキー役は『スター・ウォーズ エピソード1』のキーラ・ナイトレイ、犯罪精神科医フィリッパ役で『シンドラーのリスト』『ブリジット・ジョーンズの日記』のエンベス・ダビッツが出演。サウンドトラックは、ダーレン・アロノフスキー『π』『レクイエム・フォー・ドリーム』、ゲーム『バイオハザード』の作曲もつとめたクリント・マンセルである。

Text:梶浦秀麿

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