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【STORY】
奇妙な樹海世界アクシス。上下に果てしなく広がるその世界は巨大な木の幹(アクシス)の内部のようだ。その中央部に、樹液を採取しイモ虫を食う原始的な生活を営む村があり、人々は細々と暮らしていた。ある日、村の少女ケイナは不思議な夢を見る。太古に宇宙船が爆発、墜落した星からアクシスが伸びていて、その根元にある「青い太陽」が彼女を呼んでいる夢だ。アクシスが滅びに向かっていると疑う彼女は、村の大司祭の信仰する神の掟に背いて、誰も行ったことのない禁断の地、アクシスの大深部へと足を踏み入れる決意をする。旅の途中出会う不思議な生き物。襲いかかる怪物。未知の種族。ケイナの旅は苦難に満ち、誰が味方で誰が敵なのかも容易にはわからない。彼女はアクシスの崩壊を食い止めることができるのか? それとも崩壊は定めなのか? そしてケイナが冒険の果てに見つけるアクシスの真実とは……? → 梶浦秀麿による補足版STORY“僕は『ケイナ』をこう観た!” 【REVIEW】 謳い文句は「ヨーロッパ初のフルCGアニメ大作映画」である。自分の住む世界と周囲の人々の運命を託されたひとりの少女の冒険(自己犠牲パターン含む)を描いたSFファンタジー――という、どこかで聞いたような(笑)設定ながら、しかし世界観の異様さに賭けた独特のこだわり描写が新しいとは言えるだろう。物語る手際の悪さは若干あるものの、また星界の物理法則にちょい逆らいつつも(笑)、軌道エレベータ的発想の壮大なイマジネーションをぶつけた、宇宙樹的「アクシス」世界ってなスケールのでかい舞台設定を具現化しようと言う意気込みには、素直に頭を下げるべきかも。なにせ総製作費3500万ドルをかけ、フランスのトップ・クリエーター集団シャーマン・プロダクションズ(巫女集団!スゲエ名前だ)が挑んだ一大プロジェクトであり、プレイステーション2でのゲーム版も映画と同じチームで同時開発されているというのだから。なんとかかつて興行的に失敗した某『FF』の二の舞いにならず、マルチメディア展開の成功例のひとつになって欲しいと思うのだが……はたして? お、国際版のヒロインの声を『スパイダーマン2』などのキルスティン・ダンストがやってる! 他にも『ハリー・ポッター』2作のダンブルドア校長役だったリチャード・ハリス(本作が事実上遺作!)、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』『スター・ウォーズ…1』のグレッグ・プープルス、『アダムス・ファミリー』『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のアンジェリカ・ヒューストンなどなど、無駄に声優陣が豪華なのにも注目して欲しい。 この映画の舞台を観て、ブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』あたりをまず想起する古いSF者(吾妻ひでお風に言うと「アミガサにとっつかれた者」)も多いだろう。遠未来、自転を停めた地球の片側は巨大な温室(初版原題『The Hot House』)と化し、超進化してさまざまな動物化を遂げた異様な植物が繁栄、地球の公転と同期して同じ位置にある月まで伸びる巨大ツタ(というか植物が進化した蜘蛛による巣!)を、文明の衰退した人類が旅したり、知的粘菌アミガサダケに寄生されたりもする……そんなイマジナブルな異世界を見事に構築した古典的名作SFだ。その影響をモロに受けたものに『アド・バード』『水域』『武装島田倉庫』など椎名誠の一連のSF作品があり、他にも(核戦争などで)文明を失い文化的に後退した人類が、熱帯ないし亜熱帯的なジャングルや廃園と化した世界で生きているという設定の遠未来SFは多い。地球環境の局所的な風土を惑星全体に置き換える手ならフランク・ハーバート『砂の惑星』などの<デューン>シリーズの「砂漠」化やら、谷口ジロー『地球氷解事紀』の地球規模の氷河期をエスキモーや雪山生活者の生活に置き換える「ツンドラ」化やら、……他にもいろいろあった気がするが、とりあえず略。『ケイナ』にダブる「植物世界」化で言えば、最近だと、僕の大好きな菅原雅雪『暁星記』(講談社・既刊4巻、モーニング不定期連載)が『地球の長い午後』にバリバリにオマージュを捧げていたりする。この『暁星記』、遥か遠未来の金星がテラフォーミングされ、地表全てを覆うような樹状世界に、原始的に退行した人類(というか人工的に創られた猿人)が住んでて日本神話的な活躍をするってな話だ(造物主サイドに『指輪物語』ネタがあるが、基本は古代日本やアイヌ系アニミズム神話だろう)。あるいは飛浩隆の『グラン・ヴァカンス』などの<廃園の天使>シリーズの中編「蜘蛛[ちちゅう]の王」(SFマガジン02年11月号)が、こうした樹上世界を仮想リゾート<汎用樹[オムニトゥリー]の区界>として精緻に描き出してもいる。こっちは巨木群をロッククライミングするアウトドア・スポーツが考案され、蜘蛛のような小型生物機械を使ってスパイダーマンみたく、もといターザンみたく密林の王者になる話、違う、もっとシリアスに世界の秘密を探るような話で、シェルパとか藩王とか中央アジアの語彙を持ち込んだりしてる。ま、いろいろ読んでみて欲しい。 とにかく面白いのはこれら異世界SFの命名法で、『暁星記』の主人公がヒルコだったり、『地球氷解事紀』ならヤマト・タケルとか、日本製SFなら古代日本神話が贔屓気味に参照されるという事態。そんで『ケイナ』ってフランス製SFなのでフランス古来の民間伝承などを参考にした命名かと思って調べてみたんだけど、どうも仏語由来ではないようだ。南米の笛のケーナはkenaなので綴りが違うし……と思ったら、kaenaって劇中での正確な発音は「カイーナ」だ、でも日本では「カエナ」と表記するのが正しい。ハワイ語なのである。ハワイ・オアフ島の最西端にある聖地、カエナ・ポイント由来だと考えられるのだ。この「カエナ」の正確な語源は不詳だが、こんな話がある。ワイアナエ地方の口承神話モーオレオによると、天空神ワーケアの妻である創世地母神ババが、ルアという男と浮気してできたのがオアフ=ア=ルア(ルアのオアフ島)で、その島の最西端のケアアウからカエナ・ポイントを経てカワイハパイに至る海岸線は、ワヒ・パナと呼ばれる聖地だった。このアイナ(土地)でカナカ・マオリ(真の人間/ハワイ諸島人)が創られたらしく、精霊が「レイナ・ア・カウハネ(魂の跳躍)」によってポー(精霊界)に帰るのもここだとか。カエナ・ポイント周辺の、米軍の演習で破壊されつつあるマクア渓谷の側にあるカネアナ洞窟(マクア・ケイブとも)には、鮫男ナナウエ(女神説もあるが)と守護トカゲの美女神モーが住んでいたとかいう伝説があり、そもそもマクアとは「両親」=ババとワーケアの出会う場所を意味するらしい。もっと詳しく調べて『ケイナ』とダブらせてみるのも手なんだけど、まあそれは興味のある人にやってもらおう。シャーケンという翼のある鮫、遠目には鯨に見えるヤツとか、どうもホエール・ウォッチングの喩えみたいだし、ヒロインの顔のエキゾチズムやら薄手の衣装デザインなんかを考えると、南洋ポリネシア幻想が「隠し味」なのかとも思ってしまうのだが、さて、どうなんでしょ? あ、軌道エレベータについてはイブニングで絶賛連載中の的場健『まっすぐ天へ』が詳しい。最近元気な宇宙開発SF漫画(『度胸星』とか『ムーンライト・マイル』とか『プラネテス』とかの系譜)の中でももっとも現在に近い話で、こういう軌道エレベータが実現したら、その光景は『ケイナ』のアクシスめいたものになるんだろうなぁ……とか妄想したりもしてしまうのだった。敢えてさっきは言わなかったけど、クリソツな元ネタともいえる宮崎駿『風の谷のナウシカ』の「腐海」ってのも、アクシス内部の描写のヒントになっているのだろう。ただし色味(基調色)のイメージは、アニメ映画版と違って漫画原作版の方の腐海なのかもしれないなぁ。『ナウシカ』実写版を想像する(←妄想するだろ)時のイメージ・ソースとして『ケイナ』を使う手もあるかもね。……いかん、ほとんど余談だな、こりゃ。 Text:梶浦秀麿 Copyright © 2003 UNZIP |