ビバリーヒルズのウッドランド・ドライブに、森のような敷地を持つ豪邸がある。バラが茂り、噴水つきのプールがあり、別棟に試写室まで備えたお屋敷だ。かつてグレタ・ガルボが隠棲したというそのお屋敷、通称「ウッドハウス」の現在の主こそが、ハリウッドの悪名高き伝説的プロデューサー、ロバート・エヴァンズ――この映画の主人公である。彼が67年に手に入れ、87年に一度手放さざるを得なくなったものの、親友ジャック・ニコルソンの助けで再び取り戻したという「いわくつきの」邸宅。まさに彼のアイデンティティの拠り所となっているこの“城”の描写から、映画『くたばれ!ハリウッド』は始まる。
かつてガルボの隠れ家だったこともあるウッドハウス。
エヴァンズと「ウッドハウス」を取り戻す手助けをした親友のジャック・ニコルソン(右)。二人は60年代からの長い付き合い。
エヴァンズ自身が語りあげる彼の人生の一大絵巻、『くたばれ!ハリウッド』は、豪華絢爛、栄枯盛衰、実に波瀾に満ちた展開で、まさに「伝説のプロデューサー」の名にふさわしいものだ。劇中にはエヴァンスの出演作やプロデュース作をはじめ、心理描写をモンタージュする効果としてもハリウッド映画の数々が引用され、ちょっと『ゴダールの映画史』の一断章めいたノリで、ハリウッド映画史の一画を覗き見る気分が味わえる。そして当のエヴァンスやその周囲の有名無名の人々は、当時の記録写真を動画化/立体化するCG加工によって「生きた紙芝居」のごとく描写され、不思議なリアル感を醸し出す独特の肌触り(目触り?)で観る者を幻惑する。しかもナレーションは全てエヴァンス本人のもの。最初から最後まで、時には声色を使って何役もこなしつつ、実に巧みな話術と魅惑的な低音で、一人で語り倒すのだ。これがなんとも気持ちがいい。しかしなんて不思議なドキュメンタリーだろう……。

本作は94年に出版されたロバート・エヴァンズの自伝を映画化したもの。発端として彼が『蜘蛛女のキス』のヘクトール・ベバンコに編集してもらったという15分の自伝フィルムがあり、さらにアメリカではポピュラーなオーディオ・ブック(日本で言うカセットブック)として著者自ら吹き込んだものがあった。こっちは6時間もの大作だが、つい聞き惚れてしまうほどの名調子で、実は本作の半分強のナレーションはここから採られている。これらをもとに映画を企画していたのが、ヴァニティ・フェア誌の名物編集長グレイドン・カーターだった。ちょうど別のドキュメンタリー企画でエヴァンズ邸を訪ねたものの企画が頓挫したブレット・モーゲン & ナネット・バースタイン両監督と組むことで誕生したのが、本作『くたばれ!ハリウッド』なのである。ブレット・モーゲン & ナネット・バースタイン両監督は『On the Ropes』で99年のアカデミー最優秀長篇ドキュメンタリー賞ノミネートをはじめ、数々の賞を得た若手コンビ。「本人は出演せず、記録写真のみで構成する」という難しい条件を、独自のアプローチでクリアして、なんとも不思議な味わいのある個人史ドキュメンタリーを作り上げてしまったのだった。
そういうわけで本作には新たに撮影されたオリジナル映像が1シークエンスしかない。彼の“城”の描写――幻想的な噴水のあるプールから寝室、書斎へと進むカメラが捉えた02年現在の「ウッドハウス」の映像である(撮影監督はジョン・ベイリー)。残りは膨大な記録映像(主に写真)を加工した再現シーンの数々(中にはエヴァンズが、身売りを考えていた重役の説得のために作ったプレゼン用フィルムってのもある)と、50年代以降のアメリカ映画の断片(エヴァンズの関わった作品の紹介および心理描写モンタージュ)の数々、そしてそれらを統一する主人公自身の「語り」、だ。これが実に絶妙のバランスで、僕らを映画に引き込んでゆくのだが、その入り口にして出口に配されているのが、ファンタジックな=フィクションのように幻惑的な、彼の“城”の映像なのである。
ウッドハウスはエヴァンズのステイタス・シンボルだった。
若き日のエヴァンズと、ロマン・ポランスキー監督。二人はすぐに意気投合した。
こうして僕らはこの“幻影めいた城の主”に歓待されたゲストの気分で、彼の語り倒す数奇な人生回顧――意地の悪いヒトなら「自慢話」と言うに決まっている――波瀾に満ちた冒険譚に、感嘆し羨望し同情し、もしエンドクレジットでの若きダスティン・ホフマンの物真似をうっかり観逃しちゃったりしたなら、もう彼の主観を相対化する機会もなくすっかり彼のシンパになってしまうはず、なのだった。かつて『ある愛の詩』の主演女優アリ・マッグローがこの“城”に魅了されたように……。

ちなみに03年7月17日、ビバリーヒルズを襲った山火事はエヴァンズ邸の試写室棟を焼き、ピカソやロートレックなどの名画や貴重な映画フィルムなどが灰になったという。映画で観たあの邸宅が……と思うと、ちょっと哀しい(いや失われた名画がオリジナルなのなら、すごく哀しい)。しかしつくづく思うのは、現在進行形で伝説を生み続ける彼の、運命的なドラマチックさってヤツだ。そういう風に他人に語るに足るような人生を送ることを、宿命づけられたかのようなヒトがひとまず一人はいるのだ、と思うと、やはり不思議な感触が襲ってくる。映画を観るまでまったく興味がなかった人物(ってのも映画ライター失格なのかもしれないけど)に、こうも魅せられてしまうなんて感覚、ちょっと他では味わえない。なかなか興味深い不思議なドキュメンタリー作品なのである。

Text:梶浦秀麿
『くたばれ!ハリウッド』
2003年9月20日より、ヴァージンシネマズ六本木ヒルズほかにて公開
監督・脚本:ブレット・モーゲン & ナネット・バースタイン/原作:ロバート・エヴァンズ
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