「記憶を信じるべきか、あるいは、記録を信じるべきなのか」。10分しか自分の記憶を覚えていることができないこの映画の主人公は、ひたすら自分で書いたメモだけを信じ続けるしかない。主人公役のガイ・ピアースは自分の記憶、自分のことを忘れないようにと、ポラロイド写真をとってはメモを書き残し、重要なことに関しては自分の身体にタトゥーをいれてメモを残す。「メモを取る方法にはコツがあるんだ」と語る彼は、ある時はポケットからごそごそとポラロイド写真を取りだしそこに書かれているメモを読み自分にとっての事実を確認したり、またある時は自分の身体のタトゥーを見て自分のこれからの行動を判断したりする。テレビゲームのイエス・ノーをセレクトするように、自分の人生を10分おきにセレクトしていかないといけないのである。記憶を持つことができない人間にとっては記録だけが事実なのである。記録が全てを決定する鍵になるのである。普段わたしたちはあまり気にしないが、人の記憶というのはけっこう曖昧なものなのではないだろうか。仮に10年前、20年前の記憶があなたにあったとしても、もし同じ時期の違う事実関係の写真やメモがでてきたとしたら、あなたはいったいどっちを信じますか? でも記録だって全てが真実であるということは決してないのである。自分のことをなんの証拠(記録)もなしに確信を持って信じるということはけっこう勇気がいることなのではないだろうか。「メメント」はそんな曖昧な記憶をテーマにした映画であるといってもいい。記憶も記録も全て事実とは限らないのである。

そしてこの映画のすばらしいところはそんな主人公の記憶の曖昧さ、不確かさ、不安さを私達が擬似体験できるかのように構成されているということである。少しネタをばらしてしまうかもしれないが、この映画はいきなり物語の最後からはじまる。そして過去の記録(記憶)へと物語はさかのぼっていくように構成されている。まあよくある手法といえばそうかもしれないが、しかしこの映画に関しては、知らない間に映画を見ている自分が、10分しか記憶を覚えていられない主人公とまったく同じようなシチュエーションになっていることに気づくことだろう。数分経つと、さっきの映像なんて細かく覚えていられないし、すでに目の前には新しいストーリーがつぎつぎと展開されてくる。思わずこちらがメモを取っておかないといけないような気にもなってしまうのである。映画の手法的な問題だけではなく、このストーリーだから、主人公の設定だからこそ、いきなり最後からはじまるというこの映画の構成は、すごくコンセプシャルだし、すごくクールに伝わってくるのである。ここまでビシィっと映像的にそして構成的に気持ちいい映画は本当に久しぶりではないだろうか。最近は主人公がただおしゃれなだけだとか、映像がスタイリッシュだけというものが多いなかで、スタイリッシュで、かつコンセプシャルにクリエイティブされて、そしてファッショナブルな数少ない映画のひとつであるのは間違いない。

スタイリッシュな映像といえば、引き締まった身体に全身タトゥー姿で、鏡に映し出されたメモを読んだりするシーンなどは、「タクシードライバー」のロバート・デニーロを彷彿させるようでとてもクールだし、身体にすっかりなじんだジャケットにちょっと胸元をあけたブルーのシャツ姿もさすが「L.A.コンフィデンシャル」エド役のガイ・ピアースらしく似合っている。乗っているクルマのジャガーもリモートロックの音が「ピピ」としつこいくらい映画のなかで使われているのであるが、ガイ・ピアースが運転しているとスタイリッシュでかっこいい。久しぶりにちょっと男心をくすぐられるスタイリッシュな映画であることは間違いないのだが…。しかしこの一見スタイリッシュに見えるなかにも実はちょっとした裏話があるのだが、それはここでは話さないようにしよう。ぜひ映画を見てほしい。

ガイ・ピアースはもちろんかっこいいのだけど、男心くすぐられるという点についてもう少し言えば、彼が走っているシーンで肩になにかかけていて、どうも走りにくそうだなと思っていたら、ポラロイドカメラを肩からかけていて。ああそうだ、彼はポラロイドカメラがないと生きていけないんだと改めて思ったりするシーンとか。一生懸命メモを取ろうとして、「メモ、メモ」と独り言を言いながらペンをさがしている時にナタリー役の「マトリックス」に出ていたキャリー・アン・モスが話かけたとたんに、もう自分がなにをしようとしていたか忘れてしまって、ぼけっとした顔になったり。まるで刑事コロンボのように、なにかあるたびに、ポケットからごそごそとメモが書かれたポラロイド写真を取り出す仕草がスマートではなかったり。人と話をするときに、記憶がないから、すごく不安げに、まるでちょっと子供のような表情で話かけたり。走っているうちに記憶がないので自分が追いかけているのかあるいは追われているのかわからなくなってしまったり。クールでスタイリッシュなだけではないガイ・ピアースの魅力も随所に見つけることができる映画でもある。監督クリストファー・ノーランが「私が作りたいのは、何度も繰り返してみたくなる作品だ」語っているように、まさに一度だけでは終わらない楽しみがこの映画には随所にあるようだ。

Text:蜂賀 亨


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