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“とぼけた明るさ”でディシプリン=SM調教の神髄を描く(笑)、風変わりなラブ・コメディ! サンダンス映画祭で絶賛された、ちょっとアブナい「愛の物語」に全面降伏せよ!! 【REVIEW】 悩めるドン臭い女が、ハンサムな紳士に出会い、いくつかの試練を経て一人前の女性となり、ついには愛と幸せをつかみとる――ってな話、ではあるのだ、要約してみたら。でもこれで『プリティ・ウーマン』だか『チッチとサリー(小さな恋のものがたり)』だか、その手の王道ロマンチック・ラヴコメを連想しちゃった健全な人達が観たら……怒るかもなぁ。なにせヒロインのリー・ホロウェイは、猫背気味で化粧ッ気もない自傷癖の持ち主で、嫌なことがあると裁縫セットの道具で太ももを傷つけ、精神のバランスをとっているヒトなのだ。姉の結婚式前に退院したのだが、完治したわけではない。なんとか社会復帰しようと市民講座でタイプを学び、新聞の求人欄で見つけた「秘書募集」に応募。母の付き添いで、古いお屋敷風のオフィスを構える弁護士エドワード・グレイの面接を受けたことから、彼女の“転機”が始まる。どうやらサドの気があるらしいグレイ氏の厳しく的確な秘書教育が、「調教」の様相を呈すに従って背筋が伸び、有能さを発揮し、毅然とした“淑女”の自信を見せ始めるのだ。 しかも、彼の方が自らの性癖に疾しいものを感じて彼女との関係を断つところからが凄くて、彼女のアイデンティティを賭けた闘いは、マゾらしからぬ、というかマゾならでは自己主張の発現となる……ってな具合。これがついには王道ロマコメ風ハッピーエンドの感触で締めくくられる時の、なんとも言えない「やられた」感ってのは、ぜひ劇場で味わって欲しいんだけど、いやはや参った。この面白さ、独特の「いいもの観させてもらいました」的な充実感があるのだ。 とにかくサドマゾな題材に比して、全体のトーンが“とぼけた明るさ”を持ってるのが、本作の美質。このなかなか挑発的な“とぼけ方”の例として、冒頭シーンを挙げてみよう――タイプライターの機構部接写と音によるタイトル・バックの後、品のいい古風なオフィスの一室に、秘書の格好をした女性が入ってくる。両手を左右に広げているのは、天秤棒のようなものに首と両手が固定されているからだ。棒の両端は左右の腕輪に、中央は首輪の後ろに繋がっているらしい。彼女はアゴで器用にホチキス止めした書類を左手に、傍らのプリントアウトを口で食わえて廊下に出、給湯室でコーヒーをまたも器用にカップに注いで右手に持ち、廊下の奥の部屋に姿勢正しく滑り込みつつ、チラリと観客に目配せするような気配を見せた後、後ろ足でドアを閉める……んで、その秘書=リーが「その半年前のこと」と語り、ダサい靴下をいじりつつ病院前で母の迎えを待っている「以前の彼女」の描写へと場面転換するワケだ。 なんだなんだ?とビックリする僕。上半身を磔状態にするその“姿勢矯正器具”の、正式名称がよくわからないんだけど、「大人」なら、どういう状況で使用されるものかはピンとくるだろう。ま、人によってはうっかりニヤついちゃったり、あるいは眉を顰めて表情を固くしそうな、そんな導入である。そこで、隣に座ってた妙齢の女性がゴクリと唾を飲み込む音を妙に鮮明に聴いた僕は、ドキドキしつつ平静を装い(笑)、何かスリリングな物語が始まる予感に、ちょっと居住まいをただしたのだった。後は推して知るべし…(笑)。 凄いヒロイン、リーを果敢に(笑)演じるのが、『コンフェッション』『アダプテーション』と出演作が待機中のマギー・ギレンホール。近作『ドニー・ダーコ』では実弟ジェイク演じる主人公の姉の役で脇を固めてたけど、今回は出ずっぱりの堂々たる主演女優ぶり。弟と同じアヒル口のファニーな笑みが、鮮烈な印象を与えるラストまで、魅せる魅せる。対するグレイ氏役は『セックスと嘘とビデオテープ』『クラッシュ』のジェームズ・スペイダー。事務所で蘭を育てたりワークアウトに精を出しつつ、実はアブない性癖の持ち主って難役を怪演している。また『ミリオンダラー・ホテル』『CQ』のジェレミー・デイヴィスが、いい感じの脇役で出てるのにも要注目だ。 メアリー・ゲイツキルの短編集『悪いこと』所収の「秘書」を映画化したものだが、フェミな結末は映画とはある意味で真逆なので要比較かも。 Text:梶浦秀麿 Copyright © 2003 UNZIP |