予備知識ほとんどなしで観た。観終わっての第一印象=「すげ」(←「凄い」や「すげぇ」を超えた絶句に近い個人的絶賛表現である)。いやマジで興奮した。音楽シーンの再現(的)映画ってのが、こんなに面白くていいのか? 洋楽は普通に好きだが、あんまり詳しくない僕は、いかにも音楽雑学マニアに受けそうな蘊蓄ドキュメンタリーだったらヤだな、と思ってたのだ。でもイギリスの80年代の音楽は(去年公開の『ドニー・ダーコ』もリスペクトしてたけど)大好きだし、何といっても監督が『ウェルカム・トゥ・サラエボ』『アイ・ウォント・ユー』『ひかりのまち』『めぐり逢う大地』etc.のマイケル・ウィンターボトムだ。お、撮影監督は『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のロビー・ミュラーか。観とかなきゃ、くらいの心構えで観たんだけど…‥。これが並みの映画以上のドラマに満ちていて、しかも描きぶりがさり気なくて、クールに笑える大傑作だったのだ。

まず「ハングライダー初体験TVレポート」ってな出だしからして変だ。実在する映画の登場人物がまだほとんど生きているってな「近過去」の描き方として、この微妙な恥ずかしさ、みたいなのが映画のアチコチで炸裂していて、苦笑まじりに懐かしんだりしてしまう感覚が面白かった。始まってすぐにあるセックス・ピストルズのライヴの再現シーンなんて、何かの間違いのようにショボかったりして、伝説としてのみ知ってる身としては、結構オドロキもあったりした。で、このハングライダーで飛んでたTVキャスターにして<ファクトリー><ハシエンダ>の設立者の一人、トニー・ウィルソンが、この映画の案内人。彼のガイドで一望されるのが、1976年〜1992年の英国北西部マンチェスター、<ファクトリー>周辺の出来事である。80年代に一大潮流となったマンチェスター・ムーヴメントを牽引したアーティスト達の群像を描く映画なんだけど、このトニーの奇矯なキャラ立ちで随所で笑かしつつ、実に手際よく、とても自由に、チョー面白いノリで、そして少し哀しみを湛えつつ展開するってのが、味わい深くてイイ感じ。
『24アワー・パーティ・ピープル』
24 HOUR PARTY PEOPLE

2003年3月22日より、シネセゾン渋谷ほか全国順次ロードショー

監督:マイケル・ウィンターボトム/出演:スティーヴ・クーガン、レニー・ジェームズ、シャーリー・ヘンダーソン、パディ・コンシダイン、アンディ・サーキス、ショーン・ハリス、ジョン・シム、ラルフ・リトル、ダニー・カニングハム、ポール・ポップウェル、クリス・コグヒル、エンゾ・シレンティ、ケイト・マグワン、ロウェッタ、ポール・ライダーほか
(2002年/イギリス/1時間55分/配給・宣伝:ギャガKシネマ)
∵公式サイト
ファクトリー・レーベルと<ファクトリー><ハシエンダ>という箱の歴史を整理しておこう。ラッセル・クラブでの最初の「ファクトリー・ナイト」が78年。79年に共同経営者エラスムスのアパート内で「ファクトリー・レコード」が誕生。82年、伝説的クラブ「ハシエンダ」オープン。いろいろあって90年には新オフィスを構えるレーベルだったが、相次ぐレコード・リリースの延期や制作費の高騰、<ハシエンダ>の慢性赤字もあって、ついに92年、最後の「ハシエンダ」レイヴで事実上の解散となる。

で、ムーヴメントの本作でのまとめ方はこんな感じ。頭に1976年のセックス・ピストルズのマンチェ初ライブ(客は42人!)を置き、起源としてのパンク精神に言及。前半をジョイ・ディヴィジョン(後のニュー・オーダー)メインの醒めた熱さで、後半をハッピー・マンデーズ(映画のタイトルは彼らのヒット曲から)を中心とした陽気なヤケクソさで描き出す――ってのが大枠のトーンである。映画前半のヤマは80年5月、痙攣的な歌い方が独特なジョイ・ディヴィジョンのカリスマ・ボーカル、イアン・カーティスの唐突な自殺だ。「ぼんやりとした不安」めいた淡々とした死の描写が衝撃的だった。で、ちょっと転調してヤンチャな小太り詩人ショーン・ライダー率いるハッピー・マンデーズの金遣いの荒さ(全部ヤクに消える)をコミカルに描く後半では、不況の慢性化とエクスタシーの蔓延、銃撃事件の頻発などを社会背景にしたクラブ・ミュージックの隆盛を経て、シーンの沈静化をもクールに受け流すトニーの前に「神」が現れて、ニヤリとさせる啓示を与える…‥ってな幕切れとなる。映画全体のトーンはあくまでオフビート、「されど人生は続く」ってな感じの締め方までルーズに洒落た味わいで、もう僕としては何だか「すげ…」としか言いようがないのだった。

あ、ちなみに雑学ネタ。<ファクトリー>という名前は、アンディ・ウォーホル由来説もあるんだけど映画ではイギリス地方都市に不況の波が押し寄せていた頃で、「工場閉鎖」って看板だらけの街の風景から、「そんならこっちはファクトリー・オープンだ」ってな勢いでつけられたことになっている。で80年代英国は、強硬な「サッチャー政策」で炭坑が潰れたり(『ブラス』など参照)、労働者階級が銀行勤めしたり(『マネートレーダー/銀行崩壊』参照)という混乱期で、ストリートにはクスリと銃が溢れ、反体制の労組ストさえ諦めた人々のポスト・パンクから、麻痺したような脱力ディスコ&テクノに「お手軽幻覚剤」エクスタシーが加わってのレイヴ・カルチャーが一世を風靡するのだった。その舞台となった<ハシエンダ>って名前は、こちらも左翼系理論家(シチュエーショニスト)イワン・チチェグロフの「農園(ハシエンダ)は創られなければならない」からヒネって命名されたらしい。いや、もともと「マンチェスターイズム」という語には「自由貿易(放任)主義」って意味があるんだけど、トニーがハイな状態で「経費引いて山分け、曲はアーティストのもの」なんてラディカル過ぎる契約を皆と結ぶシーンなんか観てると、「工場」→「農園」って洒落を超えて、なんだか意味ありげな「コミューン幻想」が透けて見えて面白い。と、「幻想」とかいいつつ、それが辛うじて成立した瞬間を目撃するのは、羨ましいって気分なんだけどね。あ、でもトニー・ウィルソンって今はグラナダTVの社長になったりしてるのだった。いやはや、「されど人生は続く」のである。

なお「この映画でマッドチェスター・ムーヴメントの全体像は掴めない」ってな音楽好きからの批判もあるみたいなので(ドゥルッティ・コラムとかの再評価ギャグが劇中にチラっとあるけどさ)、もっと詳しく知りたい人は、スタジオ・ボイス03年3月号などを参考にお勉強すると吉かも。通の感想はP54の「小山田圭吾(コーネリアス)×中原昌也(三島賞作家+ヘア・スタイリスティックス)×瀧見憲司(クルーエル・レコード主宰+DJ)」の鼎談で読めるとか、他にも細かい字を追っかけると意外な発見があるはず。熟読してもういっぺん映画を観よう!

Text:梶浦秀麿
【STORY】
世界のミュージック・シーンに多大な影響を与えた80年代前後の英国マンチェスターの音楽シーン。その火付け役、伝説的なインディーズ・レーベル<ファクトリー・レコード>を仲間達と作ったのは、ハンググライダーで飛ばされる体験レポートなんかをしていたTVキャスターのトニー・ウィルソン(スティーヴ・クーガン)だった! 彼を案内人にして、僕らはクラブ<ファクトリー>や<ハシエンダ>を舞台に盛り上がってゆく、当時の新しい音楽の誕生とクラブ・カルチャーの歴史を目撃することになる…‥。セックス・ピストルズの小さなホールでのマンチェ初ライブ、ジョイ・ディヴィジョン(ニュー・オーダーの前身)のヴォーカルだったイアン・カーティス(ショーン・ハリス)の突然の自殺、ハッピー・マンデーズの「チンピラ天才詩人」ショーン・ライダー(ダニー・カニングハム)の破天荒なトラブル・メイカーぶり…‥。ドラッグや銃がクラブの喧噪を彩り、ラディカルなクセ者達が暴れ回った80年代の日々。哀しみも喜びも時にはハイに、時にはルーズに受け止めて、時代の荒波に流されながらも、ひとつの文化を築き上げて駆け去っていったアーティスト達の姿が、鮮烈に描かれてゆく…‥。
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