[ボーン・アイデンティティー] The Bourne Identity
2003年1月25日より日劇3ほか全国ロードショー公開

監督:ダグ・リーマン/原作:ロバート・ラドラム『暗殺者』/出演:マット・デイモン、フランカ・ポテンテ、クリーヴ・オーエン、クリス・クーパー、ニッキー・ノードほか
(2002年/アメリカ/1時間59分/配給:UIP)

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【STORY】
嵐の地中海。マルセイユ沖20キロ。カードに興じていた漁船の船員のひとりが、波間に規則的に赤く光るものを見る。雷光が胸にライトをつけた人影を照らす。白人系青年らしい水死体を5人がかりで引き上げて、「なんてこったい」「死体は初めてか?」と喋ってると手がピクリ! 慌てて先程カードしてたテーブルに寝かせて、黒光りするスイムスーツにメスを入れる。背中に2つの銃瘡、他にも古傷がある。応急治療後にふと見ると、お尻の皮膚下に極小のカプセル状のものが埋め込まれていた。摘出してよく見ようとつまむとスイッチが入って、赤い光で壁に数字の列と「チューリッヒ相互銀行」という文字を映す。と、突然「俺に何をした!」と襲いかかる青年(マット・デイモン)。だがすぐ我に帰り、「ここは?」と尋ねる。状況を知った彼は、だが呆然とする。自分が誰だかわからないのだ! フランス語で「僕は誰だ? 自分がわからない…名は? 頼む、誰か教えてくれ」と煩悶する彼を、漁師達はひとまず暖かく迎え入れ、2週間の漁を共にする。彼は船乗り流の紐の結び方も知っていたし、運動能力では「海の男」に負けない働きを見せた。傷はなんとか癒えたが、それでも「自分が何者か?」という記憶だけは戻らないのだった。同じ頃、アメリカのヴァージニア州ラングレーにあるCIA本部の某部署に「ミッションは失敗した」という報告が届く。

何もわからないまま帰港し、親切な船員に服とスイスまでの旅費を借りた青年は、唯一の手がかりであるスイス・チューリッヒの銀行へと列車で向かう。冬の公園のベンチで野宿していて、警官に追い出され、ID提示を求められた彼は、思わず「何もない、全部なくしたんだ!」と叫び、警棒に反射的に反応して警官2人をあっという間に叩きのめして逃げることになってしまう。翌朝、なんとか目当ての銀行に入って、受付で例のナンバーを記入したところ、貸し金庫に案内される。指紋照合装置もクリアして、大きなジュラルミンバッグと共に個室に入った彼は、まず自分の写真が貼られた合衆国パスポートで、自分がジェイソン・ポーンという名の、パリ在住アメリカ人であることを知る。だが、その下には6カ国もの別のパスポートが! ロシアやカナダのものもあり名前も様々だが、顔写真は全て同じ自分の顔だ。銃まであり、各国の紙幣それぞれ大量に入っている――「何でだ?」と焦る青年。急いで銃以外を袋に詰め、平静を装い「最後に来たのはいつだっけ?」と尋ねると「三週間程前では?」と支配人。とすると撃たれて記憶を失う前に顔を出したということか? 銀行を出て恐る恐るパリの自宅(?)に電話するが留守電。と、警官達が自分に気づいた。昨夜の件で手配されていたらしい。何とか人混みにまぎれ、すんでの所で米国大使館に逃げこんだが、地元警官の訴えを聞いたガードマンが迫る。すばやく彼の銃を奪い、周囲のパニックを利用して階上に逃走、超人的な機転を効かせて大使館からも脱出する。だがこのままでは捕まるのも時間の問題だ。いや、捕まって正直に事情を話した方がいいのかもしれない。だが本能が彼に「逃げろ」と命じていた。と、先程、大使館でヴィザの件で揉めていた女性(フランカ・ポテンテ)が、ミニ・クーパーの前で路上駐車の違反切符に憤慨していた。「パリまで乗せてくれ」と飛びつく彼は、彼女のさっきの職員とのやりとりもしっかり記憶していて巧みに交渉し、「前金で1万ドル、着いたらもう1万」という条件に惹かれた彼女は、渋々了解する。パリまでロング・ドライブの間、彼は彼女のお喋りに落ち着きを取り戻し、ポツポツと事情を話しはじめる。同じ頃、CIAからバルセロナの「教授」、ハンブルクの「マンハイム」、ローマの「カステル」といったエージェントに指令が飛ぶ。さらに大使館の監視モニタに映ったわずかな映像から、彼=ボーンを乗せた女のデータが収集される。「マリー・H・クルツ、26歳、ドイツ・ハノーバー市生まれ、95年スペイン、96年ベルギー、ジプシーみたいな娘だ。三ヶ月納税記録が無い。祖母と義弟を調べろ」…‥。

パスポートに記されたパリの住まいに到着した二人は、モデルハウスのように小奇麗な個性のない部屋で、手がかりをさがす。船舶関係の資料を見つけ、電話をリダイヤルしてみるとパリのホテル・レジーナに繋がる。カマをかけてパスポートにあった別の名前「ジョン・マイケル・ケイン」という宿泊客を呼び出してもらうと、2週間前に交通事故死したと伝えられる。と、突然窓からライフルを乱射しながらカステル(ニッキー・ノード)が襲う! 死闘の上で撃退したが、どうやらマリーも手配されてるらしい。彼女に警察行きを勧めるボーンだが、迷いの末に同行を決意するマリー。パリ市内でのミニ・クーパーでのカーチェイスを経て、安ホテルに潜伏した彼らは、ついに結ばれる。追っ手を避けながらホテル・レジーナや船舶会社、死体安置所などで真相究明を重ねるうち、アフリカ某国の政治亡命者ニクワナ・ウォンボシ(アドウェール・アキノエ・アグバエ)が、三週間前に洋上で暗殺未遂に遭ったという新聞記事を発見。ボーンの明晰な思考は、全ての状況からひとつの結論に辿り着く――「僕は…‥殺し屋だ…」。そのウォンボシが何者かに私邸で狙撃され、CIAのテッド・コンクリン(クリス・クーパー)はウォード・アボット(ブライアン・コックス)局長に「ボーンが殺りました、やつは24時間以内に帰ってきます」と嘘の報告をしている。「戻り次第、始末します」とも…‥。

安ホテルも嗅ぎ付けられ、マリーの古い知り合いイーモン(ティム・ダットン)の別荘に逃げ込んだボーンとマリー。だが留守のはずが、イーモンと二人の息子がガイという犬をつれて休暇に訪れていたのは誤算だった。親子の姿に何かの記憶が蘇るボーン。敵の接近を感知したボーンは、冷徹な狙撃手“教授”(クリーヴ・オーエン)と対決することになる。壮絶な一騎討ちの末、「トレッドストーン」という謎の言葉を残した“教授”から「パリへ行け」と言われたボーンは、「決着をつける」ため、マリーと別れる決意をする。「身を隠せ、そこにある金で一生暮らせる」と単身パリに向かった彼は、コンクリン達とポンヌフやCIAパリ支部で、生死を賭けた自らのアイデンティティー究明のための最後の闘いを開始した!

【REVIEW】
職人芸のカッコよさ! これは思わぬ「渋い」拾い物だ。話は『ロング・キス・グッドナイト』(96)の男性版って感じの、記憶を喪失した凄腕エージェントのサバイバル・サスペンス。だが原作であるロバート・ラドラム『暗殺者』は80年発表(84年文春傑作ミステリー・ベスト10海外部門4位)なので、こっちの方がオリジナルってことか。ただ主人公の年齢は原作より10歳ほど若くしてあるので、記憶喪失の悩みが若者のアイデンティティ模索の内省とつながり、格闘アクション・シーンなども説得力のあるキレのよさを生んでいる。マット・デイモン(『ミスティック・ピザ』『戦火の勇気』『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『レインメーカー』『プライベート・ライアン』『ラウンダーズ』『リプリー』『ドグマ』『すべての美しい馬』『バガー・ヴァンスの伝説』『オーシャンズ11 』など)がこんなにハマるってのも意外な驚き。ま、派手さがないのでリアリティがあるって面もあるんだけど(スパイや暗殺者がかっこいい俳優みたいなルックスってこと自体、本当は変な訳だし)、さすが若手演技派の面目躍如という感じ。ヒロイン役のフランカ・ポテンテ(『ラン・ローラ・ラン』『アナトミー』『ブロウ』 『ストーリーテリング』などくほどに主役を渋く演じているのだった(というかヒロインはヒッピー的な生き方をしている設定の割に大人し過ぎる演出なのでは?)。監督は『スウィンガーズ』『go』(サラ・ポーリー主演)のだと思うんだけど、実に手堅い演出で、でも要所要所に新味があるってのが、職人芸の雰囲気を醸し出していてグーなのだった。

地に足の着いた渋い娯楽スパイ・アクション、ってのが肯定的評価になるが、この手の「記憶喪失型ヒーローもの」ってのは既に数多くある(一番最古のパターンは、知らずに父を殺し母と寝てしまい、後で「記憶が戻るかのように」真相を知るオイディプス王の神話かな)。故にどうしてもアリガチ感、後発感は拭えない。本作でも観客には、主人公が何者か?ってのは、かなり早い段階で明かされてもいる。これも、そういうのをわかった上での演出だろう。だから僕らは主人公が無意識に「特殊な能力」を発揮するシーンの数々に対してよりリアルに必然性を感じるし、また“敵”が主人公の状態を把握せずに彼を追跡しているという齟齬の面白さも感じる。その上で「何故そんなに凄腕の主人公が任務に失敗して記憶を喪う羽目になったのか?」というヒューマンな中心的テーマにスッと(素っ気無く?)辿り着いて、だがそれもまた予定調和的であることをも意識しつつ、ひとまずのうまいエンディングに着地するのだった。ぶっちゃけ「人殺し」の罪悪感やら、それを本気で償おうとするとこまでの描写がないのは瑕かもしれないが、反体制のワルい若者ならバレなきゃOK、クールじゃんってことで納得できなくもない。だが、となると、この現在に同工異曲的「ジャンルもの」として本作を世に問うことへの方法意識ってのが、本作の仕掛けや演出に透けはじめることになる。

「暗殺者もの」映画は、任務遂行のための冷徹さや、普通人ではない孤独感や、そこからくる悟りめいた達観や人生哲学(殺人哲学)を描き、その綻びが破滅につながったり改心したり、あるいは失踪・行方不明になる(『ニキータ』みたく組織から自由へとホワイトアウトする)とかってのがオチになるに決まってる(あるいは何故暗殺者となったかを語る前置きってのもあるか)。最近の『キス★キス★バン★バン』なんかもその手のヴァリアントだった。でも例えば「一匹狼の凄腕の暗殺者」で一番有名なのは日本では『ゴルゴ13』だったりする(『007』は英国ヒーローだし組織内の人間だし)ワケで、その決まり事(後ろに立つな!とか報酬はスイス銀行へ、とか女はメロメロとか裏の世界では皆知ってるとか)の「滑稽さ」を我慢すれば(笑)、まあイケるってレヴェル。ここ最近は悪者なりの「世直し」運動ばかりやってるという感じで、まあ「くたびれた大人向けヒーロー漫画」として及第点を維持、社会問題を「暗殺」でひとまず解決ってパターンのヒロイズムに酔いたい人にウケてるのだろう(『ブラック・ジャック』から『バスタード』やら『ギャラリー・フェイク』『ゼロ』などなど、“ワルなのにイイことする”ってコア・アイディアが類似する漫画も多数あるし)。で、本作はその「滑稽さ」を脱臭し、さりげないリアルさを追求するってことに徹しているのがいい。この醒めた処理で、CIAの実際にいるであろうエージェントの姿を、なるべく安い漫画みたいにならないように描く。「洗脳」も匂わされるが、はっきり描かれないのがいいし、記憶を喪った男が条件反射的に防御したりすることで僕らのヒーロー願望を満足させ、しかしおそらく抑制していた人間味を根源的に発揮する=つまり殺意のない者を殺せなくなるって事態で僕らの共感を呼ぶ。なにより優れた能力を持った上で「自分は何者か?」を問うってメイン・ストーリーの象徴する危なげ無い「自分探し」ってのが、自己確立に悩む子供(大人もか)にアピールする適度な象徴性を持っている。あとは細部に凝ればいい。パリ市街でのミニ・クーパーによるカー・チェイス・アクションの意外な格好よさ、主人公の操るカリという武術(フィリピン式マーシャル・アーツ)のガチンコなファイト感覚、ヨーロッパ各都市風景の非アメリカンな風景も渋く取り入れ、それに合わせたファッションもいい感じだ。『go』のような流行りの斬新な映像・編集ってのもやってのけるダグ・リーマン監督が、オーソドックスな演出で、つまり丁寧なディテールの重ね方でモノした、バランスのとれた作品に仕上がっている。惜しむらくはヒロイン役のフランカ・ポテンテまでが地味に渋い役回りになってることか。せっかくの放浪するヒッピードイツ人役なんだから、『ラン・ローラ・ラン』でのパンクな感じの役づくりの方が印象に残る気がしたんだが…‥。そういや何度も小刻みに出てくるCIAパリ支部の女の子(連絡・諜報係?)も、ずっと小部屋にへばりついてるみたいな描かれ方(教授と会うシーンもあったか)なのが少し説明不足かなぁ。いや細かいツッコミは映画を観た後で、皆にしてもらうことにしよう。

あと豆ネタ。ラドラムの同じ原作を元にして、既に88年にロジャー・ヤング監督、リチャード・チェンバレン主演でテレビ映画化(邦題『スナイパー/狙撃者』)されているとか。観比べてみたい。あと似た映画で『ロング・キス・グッドナイト』を挙げたけど、そういや何度目かのTV放映してた『フー・アム・アイ』もか。ジャッキー・チェン映画なのでシリアスさには欠けるが、フィクション・バランスなどを比較してみるのも一興か。『バイオハザード』を挙げてる人もいた。まあ、あれは演出上の御都合主義な記憶喪失のような気もするが、それを言い出したら山程同じパターンの作品がありそうで…‥今、いろいろ思い浮かんだけど、キリがないのでやめておこう。

Text:梶浦秀麿


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